平成事件史:戦後最大の総会屋事件(4) 突然の「自白会見」と内部告発した元社員の逮捕
検察幹部はこう受け止めた。 「SEC特別調査官らの粘り強い調査で利益提供の手口を解き明かしたことが、野村証券の対応の変化に、影響を与えたことは明らか。捜査の手が迫っていることを察知し、先手を打ったんだと思う」 ただし、野村証券はあくまで常務らの「個人による犯行」であって「会社ぐるみではない」と説明した。しかも、社長が「出張中」という不在のタイミングに、筆者は社長腹心の常務2人を差し出したかのような印象を受けた。もちろん、「SEC」や特捜部の捜査を牽制するような効果はなかった。 逆に、特捜部はこの野村証券の会見以降、捜査のピッチを早めた。「SEC」に対し、さらに詳細な資料を求めるとともに、頻繁に打ち合わせを重ね、「強制捜査着手」のタイミングを探っていくのであった。 ■ 内部告発者の野村元社員逮捕 そんな中、事態が急展開する。 「東京地検特捜部」に内部告発していた野村証券元社員が、あろうことか、同社が会見した翌日、3月7日、神奈川県警に逮捕されてしまう。 友人から運用のために受け取った現金200万円などを騙し取った詐欺の疑いだった。あまりのタイミング、予兆のない不意打ちだった。口封じのためなのか、身の危険を守るために拘束されたのかなど、さまざまな憶測が飛び交った。 元社員は詐欺の罪に問われ、二審で執行猶予付きの有罪判決が確定したが、公判では一貫して「無罪」を主張した。 元社員は神奈川県警港南警察署で勾留期限満期までの23日間を過ごした後、身柄を横浜拘置支所に移されると、本丸の野村証券について、事情を聞かれた。 司法記者クラブの西川永哲記者(TBS)は、その前年1996年夏頃から元社員に接触し、水面下で情報交換しながら、人間関係を築いてきた。その結果、元社員への独自インタビューに成功する。 元社員は「他局からの依頼には一切、応じていない」と西川に約束はしていたが、油断はできない。西川は元社員と緊密に連絡を取り合う一方で、捜査の進捗を見極めながら、他局に先駆けて放送するタイミングを探っていた。 そんな中、元社員のまさかの逮捕に、西川は動揺するが、勾留されていた横浜拘置支所を何度も訪ねて面会を繰り返し、頻繁に手紙でやりとりを続けるなど信頼関係を維持した。
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