「ボランティアのような価格」から3倍値上げ 福島の老舗せんべい店が取り込んだ観光需要
ラーメンと蔵の町で知られる福島県喜多方市の山中煎餅本舗は、120年以上炭火で手焼きする老舗せんべい店です。6代目の渡部ひとみさん(45)は父の急逝をきっかけに、主婦から転じて家業の経営を担いました。当時の経営は赤字状態でしたが、パッケージデザインの一新し、優れた土産物として全国表彰も受け、自信を持って商品価格を3倍にして付加価値を高めました。コロナ禍で売り上げが8割も減りましたが、蔵をリノベーションした宿泊事業もスタート。相乗効果を生み出し、さらなる観光需要を掘り起こそうと奮闘しています。 【写真特集】中小企業を引っ張る女性リーダーたち
主婦から突然の後継ぎに
夜明けまえの午前4時。山中煎餅本舗の一日は、炭火をおこすところから始まります。 れんが窯に2時間かけて炭火をおこすと、その日の気温や湿度によって焼き方を変えながら6時間焼き続けます。炭火は一定になることがないため、ひっくり返すタイミングが1秒ズレるだけでも焼き上がりが変わる繊細な作業です。山中煎餅本舗では、先々代の時代から勤める職人が親子2代にわたって変わらぬ製法を守り、せんべいを手焼き製造しています。 山中煎餅本舗は1890年創業。醸造業が盛んな喜多方市で、良質な米としょうゆを使った手焼きのせんべいを作り続けてきました。 渡部さんは4人きょうだいの3番目。幼いころからせんべいを焼く職人の後ろ姿を見て育ちました。「せんべいってぶわっと一気に膨らむんですよ。それが面白くて今でも何時間でも見ていられます」 店を継ぐつもりは一切なかったという渡部さんですが、きょうだいの中で唯一、家業をよく手伝ったそうです。工場での袋詰め作業や店番など「好きだから苦にならなかった」と振り返ります。 高校卒業後は美容師を目指して上京。20代で結婚し、千葉県で夫と子ども2人と暮らしていました。穏やかな生活を送っていた2008年、父が急逝したという知らせが届きます。急きょ、家業は都内で会社員をしていた長男が継ぐことになりましたが、「自分には合わない」と3年たたずして辞めてしまいます。 渡部さんは「後継ぎがいないなら廃業もやむを得ない」と考えていました。しかし、きょうだいからは「店を継ぐのはひとみが適任じゃない?」と思いもよらない言葉をかけられました。「いやいや、無理だから!」と、その場でとっさにと答えた渡部さんでしたが、子どものころから家業の手伝いが好きだったことを思い出し、引き受けることにしました。 「最初は軽い気持ちで、『パート代くらい稼げればいいや』みたいな感じでした(笑)。なので、経営に関して右も左もわからないところからのスタートでした」