「ボランティアのような価格」から3倍値上げ 福島の老舗せんべい店が取り込んだ観光需要
コロナ禍を逆手に宿泊業に挑む
ところが新店舗のスタートとともに、新型コロナウイルスが観光業を直撃します。店の売り上げは8割減となり窮地に立たされました。店を開けることができず時間ができた渡部さんは逆境を逆手に取り、蔵の活用に動き始めました。 「蔵を活用して宿泊施設を作ろうと考えました。喜多方は宿泊施設が少なく、観光客はラーメンを食べ終えたら(南側の)会津若松市方面に移動してしまうため、滞在時間が短いことが課題でした。喜多方はコンパクトな町なのでまち歩きも楽しめますし、米どころで日本酒もおいしい。気軽に宿泊できる場があれば、町の魅力を伝えやすいのではと考えました」 渡部さんは事業再構築補助金を活用し、蔵を宿泊施設に改修することを決意。簡易宿泊営業許可を取得し、2023年11月、築100年の蔵をリノベーションした1棟貸しの宿「蔵の宿MARUTOKO-まるとこ-」をオープンしました。 宿は最大6人が宿泊可能。1階に土間・ダイニングキッチン・お風呂・トイレ、2階に寝室と8畳の畳スペースがあり、蔵の趣を感じさせます。価格は6人利用で1人7920円から。オプションで提携店から郷土料理が提供されるほか、隣接する店内では無料でせんべい焼き体験ができます。 1日1組限定の1棟貸のため、運営や管理は渡部さん一人でも行えるそうです。「接客はせんべい店とそう変わりませんし、主婦歴が長いので掃除なども難しくはありません。今後は少しずつ従業員に入ってもらう予定ですが、みんな経験豊富な主婦なので心配していません」 現在、週末にはコンスタントに予約が入るようになりました。予想外に、観光客だけでなく、喜多方市民が女子会や友人との集まりで使うことも多いそうです。宿泊の売り上げは店全体の15%を占め、コロナ前よりも増加しています。 宿泊利用のない日曜日には土間部分を体験スペースとして1日3千円で貸し出しています。ワークショップやハンドメイドイベントが開かれ、店周辺ににぎわいが生まれました。 「宿泊業を始めたことで、宿泊者がせんべい店に興味を持って購入してくれたり、反対にせんべい店に来たお客様が宿に興味を持ってくださったりという相乗効果を感じています。喜多方に宿泊してくださることで、日本酒や郷土料理、漆器など町の歴史や文化に触れる機会を作れることがうれしいです」
宿泊施設を増やして魅力を高める
主婦から転身し、新事業を立ち上げるまでになった渡部さん。「家業を背負う覚悟なんて今もありませんし、好きだから続けていられると思います。主婦歴が長かったので、経営も家計管理のような感覚なんです」と気負いはありません。 それでも、喜多方の観光を盛り上げる意欲に満ちています。「古いものを壊して新しくすることは簡単ですが、伝統を守りつなげることを大切にしたいです。今後は、休眠状態の蔵を活用して宿泊施設を増やし、喜多方の魅力をもっとアピールしていきたいですね」 主婦の視点からはじめた一つひとつの工夫が実を結び、渡部さんはさらに大きな目標へと進んでいます。
フリーライター・奥村サヤ