「ボランティアのような価格」から3倍値上げ 福島の老舗せんべい店が取り込んだ観光需要
「たまりせんべい」が全国表彰
2017年、長女が専門学校、長男が中学校に進学するタイミングで、長男とともに拠点を喜多方市に移し経営に専念することを決意します。 渡部さんは、職人が手焼きするせんべいの価値をもっと高めたいと考えました。 「炭火で焼いたせんべいは、ほどよく水分が残り、外はカリッと中はもっちりとしてお米の味がしっかりするんです。手間ひまかけて作る伝統の味だから、もっとお客さんに伝わるようにPRしなければと考えました」 なかでも、喜多方の各家庭で昔から作られてきた伝統の「たまりせんべい」は、看板にしたい商品でありながらも売れませんでした。米としょうゆだけで作るシンプルな商品ゆえに、特徴がなく選ばれにくかったのです。 渡部さんはその価値を伝えるため、店頭や催事などでお客さんに直接商品を説明することからはじめました。試行錯誤しながらも炭火焼きのおいしさを伝えるうち、自然と「100年変わらぬ製法で作るたまりせんべい」というキャッチフレーズが生まれました。そのキャッチフレーズが消費者の心をつかみ、徐々に売れる商品へとなっていきました。 自信を持った渡部さんは、全国から優れた観光土産品を選ぶ「全国推奨観光土産品審査会」(日本商工会議所と全国観光土産品連盟が共催)に「喜多方たまりせんべい」を出品。品質が高く評価され、2015年から3年連続入賞しました。冠がついたことで、現在は最も売れる商品になりました。
せんべいの価格を3倍に
職人が1日に焼けるせんべいは2500枚が限度です。生産量は大きく増やせないため、渡部さんは先代の時代から価格を3倍に値上げしました。 「うちは喜多方で唯一、手焼きの手法を守り続けている店なのにもともとがボランティアのような価格でした。機械で大量に製造できる他店と同じ価格帯で勝負したら間違いなく潰れてしまいます。むしろ価格を引き上げて『なんでこんなに値段が違うの?』とお客さんに思ってもらうくらいの方がいいと考えたんです」 祖父の時代には機械化に乗り出し、価格競争で生産量を増やそうと試みたこともありました。しかし、思うようにいかず倒産寸前に追い込まれたといいます。だからこそ、渡部さんは手焼きを貫く姿勢こそが店の強みだと考えます。 それでも以前の店舗では、工場と販売店舗が分かれていたため炭火焼きの様子を見せられず、店頭でその価値を伝える難しさを感じていました。渡部さんは店舗と工場を一体化させるため、2020年、喜多方市中心部から現在の幹線道路沿いに店と工場を移転しました。 移転先は店舗とは別に、敷地内に喜多方伝統の蔵があることを条件に探しました。活用方法は決まっていなかったものの、喜多方に人が集まる仕掛けを作りたいと考えたのです。