芸能業界専門ベビーシッター会社in-Ctyとは?創設者は元マネージャーの2人
華やかな世界に見える一方で、不規則な就業時間など厳しい勤務状況が続く映像業界。フリーランスで働くスタッフも多く、一線で活躍していても、子育てを機に現場を離れた際に復帰をあきらめざるを得ない人もいる。そんな“どちらかしか選べない”状況を変えるため、元芸能事務所マネージャーの女性2人が今年5月に芸能業界専門ベビーシッター会社in-Ctyを立ち上げた。 【画像】芸能業界専門ベビーシッター会社in-Ctyを「サポートしたい」と語る映画監督・西川美和 映画ナタリーは、in-Ctyのメンバーである小夏菜々子氏・濱いつか氏が出演した、日本版CNC設立を求める会(action4cinema)のPodcast番組の収録現場を見学。2人へのインタビューも実施し、設立の背景や、一般的なシッターサービスとの違い、実際の現場で感じたこと、業界における今後の展望などを語ってもらった。映画監督の西川美和が「本当に業界が変わると思います」と力を込めるin-Ctyの目指すものとは。 取材・文・撮影 / 脇菜々香 ■ 彗星のごとく現れた、芸能業界専門ベビーシッターサービスin-Cty 日本版CNC設立を求める会(action4cinema)の分科会のような形で、約1年前から仕事と育児の両立の問題に向き合う有志の育児サポート勉強会(仮)が行われてきた。主なメンバーは、映画監督の岨手由貴子、西川美和、子育て中の映画プロデューサー、制作部など映画のあらゆる部門のスタッフ。子を持つ俳優部やスタッフがどうすれば映像制作の現場で働き続けられるのか、職場復帰しやすくなるのかという喫緊の課題を話し合ってきた。 そんな中、特殊な現場で働く彼らに寄り添う、芸能業界専門ベビーシッターサービスin-Cty合同会社が2024年5月に設立。芸能業界で約10年間マネジメントなどの業務の経験があるうえ、ベビーシッター資格や保育士資格を持つ小夏菜々子氏と濱いつか氏が立ち上げた同社では、個人依頼で子供を預かったり、映画やドラマの組付きで現場に入ったりと、スケジュールの読めない映像業界に柔軟なシッターサービスで対応している。 in-Ctyの存在について、西川美和はこう語る。 「勉強会を続ける中で、『現場に託児所があれば万事解決でもない』ということがわかってきたんです。お子さんの成長や各家庭の事情によってケアの方法も千差万別。それをカバーするのは何がいいんだろうとみんなで話していました。一般的なシッターさんをただ呼ぶよりも、保育のプロで、かつ変則的な撮影現場のことをわかった人が送り迎えや一時預かりをさばいてくれる“キッズマネージャー”として現場に加われば、子育て中のスタッフも働けるよね、という話をしていたら、彗星のごとくお二人が現れた! これが広がれば、本当に業界が変わると思います。きちんと拡充して続いていってほしいですし、できることがあれば私たちもサポートしたいなと思っています」 ■ 小夏菜々子氏・濱いつか氏インタビュー「仕事も育児も、どっちも選べるようにしたい」 ──今日は、今年5月に芸能業界専門ベビーシッターサービスin-Cty合同会社を立ち上げられた小夏菜々子さん、濱いつかさんにお話が聞けるということで楽しみにしていました。お二人はもともと別の芸能事務所で、それぞれタレントや俳優のマネジメント業務をされてきたとのことですが、まずはin-Ctyがどういった会社なのか教えてください。 濱いつか 約10年間業界に精通してきた私たちだからできるベビーシッターサービスを提供できればと思い、始めた会社です。特に凝り固まった決まりはなく、個人依頼・組付き(※撮影クルー単位の依頼)などに対応し、現場の環境や個人のそれぞれの意思に寄り添って、保育資格やベビーシッター資格を持ったスタッフが保育しています。 ──小夏さんは一般財団法人日本能力開発推進協会ベビーシッター資格、濱さんは幼稚園教諭一種免許、保育士資格、小学校教諭一種免許を保有されているんですよね。 小夏菜々子 私は会社を設立する少し前、今年の4月ぐらいに資格を取りました。 濱 私は大学で4年間のうちに3つ取れる学部があったのでそこで取りました。 ──そもそも、どうしてこの会社を作ろうと思ったのでしょうか。 小夏 この業界で働く中で、自分も出産とか子育てを考えるし、周りにもそういう方がたくさんいらっしゃいます。でも、マネージャーも映画のスタッフさんたちも、子育てが始まったらとてもじゃないけど両立できなかったり、育休が明けて戻ったとしても居場所がないと感じられる方がすごく多い。シーンによっては昼夜問わず撮影があるので、業界ならではの働き方を理解できる人がやるベビーシッターサービスがあったほうが、今後の人材不足を改善するためのサポートができるんじゃないかなと思い、設立を決めました。 濱 今まで一線で走ってきた方が産休・育休で現場に出られなくなったり、「仕事を取るか育児を取るか」みたいになるのはもったいないし、どうにかどっちも選べるようにしたいという思いがありました。小夏とは(マネージャー時代に)仕事で知り合ったんですが、そこからプライベートで仲良くなって、このことを2人で話しているうちに、「じゃあ私たちがやればいいんじゃない? 現場のことも知っているし、そういう資格も持っているし、これから絶対必要になるよね」と。居酒屋でのたわいもない会話から始まりました。 小夏 社名は「close to you」の頭文字から取っています。この業界の皆さん1人ひとり、現場1つひとつに寄り添ったやり方で、凝り固まったルールはなくしてやっていければと思っています。 ──初歩的なところになるのですが、映画やドラマの業界で働く人が、一般的なシッターサービスを使うのはどういった部分で難しいのでしょうか。 濱 スケジュールが読めないこと(が一番大きな理由)ですね。 小夏 もちろん9時-17時で労働時間が決まってるわけもなく、撮影になると朝の5時から夜の22時まで拘束されるような場合も少なくない。長時間預けるのが難しかったり、「朝早い現場だから保育園に送るのをお願いしたい / 保育園のあとにまた夕方からお願いしたい」みたいなパターンだと、一般のシッターさんは夕方以降が残業になるので厳しいんですよね。 濱 朝のベビーシッターさんと夜のベビーシッターさんを分けてお願いする方もいますね。 ──現場が都内ならまだいいですが、郊外でのロケも多いと思いますし、1日ずっと同じ現場とも限らないですよね。 濱 そうなんです。ただ私たちは撮影スケジュールを見れば、この時間にこの辺りに移動なんだなとか、じゃあこの場所とこの場所に保育できる場所を探しておこうとか、臨機応変に対応できる。スタジオだったら楽屋があるので、そこの1室を押さえてもらえるよう相談するし、ロケ場所によって狭い空間しかなさそうであれば、近くでレンタルスペースを借りる提案もできます。 小夏 自分が初めて撮影スケジュールをもらったとき、D(デイシーン)とかN(ナイトシーン)という文字を見て「なんだこの暗号は?」と思ったのを覚えているので、それを読んで理解できるのは普通のシッターさんとの大きな違いかなと思います。 ──基本、お子さんは現場近くで預かるんですか? ご自宅で見るときもあるのでしょうか。 濱 どっちもあります。 小夏 私たちが自宅にいることを嫌がる方もいるので、そのときは現場で見ます。ただ現場があまりにも近いと、今度は子供が「そこに見えるのになんで会えないの」と不安になって泣いてしまい、撮影に支障が出てしまうこともあるので、そのときは離れたところに部屋を借りることもあります。その日の機嫌もありますしね。現場に来るっていうことが子供たちのストレスになってはだめだと思うので。 濱 朝早くてご機嫌ななめとか、最近ママと会えてなかった状況とか、そのときの子供の気持ちにできるだけ寄り添いながら、お母さんとも相談して対応していますが、基本は現場ファーストです。お子さんを撮影現場に連れて行っていいタイミングも、経験上わかるので。 小夏 監督が「スタート!」って声を掛けてカチンコが鳴ったら話しちゃいけないのは皆さんわかると思うんですけど、例えばドライリハーサルをやってるときとか、重いシーンのときとかは、雰囲気を見て(判断する)。 濱 「ここ芝居場だな」とか(笑)。 小夏 そういう動きができるのは私たちならではですね。 ──今まで、小さなお子さんのいる俳優さんや映画のスタッフさんはどうされてきたんでしょうか……。 濱 ご両親にお願いするか、同業であれば夫婦で作品に入るタイミングをずらすとか。旦那さんが1月に現場入ってたら奥さんは入らない、奥さんが3、4月に入ってたら旦那さんは入らないとか、そういうふうに工夫されていらっしゃる家庭も多いのかなと。俳優さんの場合だと、シッター会社にずっといた方を引き抜くような形で専属で雇う場合もある。でもそれはお金があるからできることで、それができない人たちにどう向けていくかですよね。 ──自力でどうにかするしかなかったところに、お二人が参入されたことで選択肢が増えたことはとても大きいと思います。ちなみに、料金や予約方法などはどうなっているのですか? 小夏 一般のベビーシッター会社だと会費があって、基本料があって、オプションがあるところが多く、基本料は安くても延長料金がすごく高い場合もあったりするんです。押し巻きがある業界だと、そういうところが利用しづらい要因なのかなと思いますが、私たちは1時間あたりで料金をいただいていて、時間が延びたり巻いたりしても利用分だけなので特別料金はかかりません。会費もなく、プラットフォームも自由なので、LINEやメッセージでやり取りさせてもらっていますね。前日に「明日行けますか?」と連絡をいただく場合もありますが、予約がなければ受けています。 ■ 東京国際映画祭のシンポジウムではキッズスペースを用意 ──5月に会社を始めてからこれまで、どういった現場でお仕事されてきたんでしょうか。 小夏 最初は私たちの知り合いのマネージャーとかスタッフさんに口コミで広げていってもらって、少しずつお声掛けいただくようになり、今年の10月に初めて組付きで映画の現場に入りました。基本的に(見るの)はスタッフのお子さん1人だったんですけど、サービスがあると知ったほかのスタッフさんも子供を連れて来られたりと、日によってさまざまでしたね。スタッフさんは撮影日以外にトラックに機材を乗せて搬入させる準備日があったりして、そういうときにも「機材が危ないから子供を見ていてほしい」といった依頼で伺ったりするので、ありがたいというお声をいただいています。 ──組付きで現場に入ると、料金は制作費から支払われるんですか? 濱 そうです。個人で依頼された方に関しては個人からいただいていますが、“組付きで主演のお子さん専属”といった場合も制作費から出ます。組付きの場合は技術打ち合わせから参加します。 小夏 まだ特殊な存在なので、「今回の組にはこういうことをする人がいますよ」という紹介と、私たちが「いつでもどこでも行けます」と伝えるところから始まりました。私が個人的にいいなと思ったのは、利用するスタッフの方が、現場でこのサービスを使うことにまったく申し訳ないと思っていなかったことです。日本人って海外と違って、ベビーシッターを使うことに罪悪感を覚える方が多いんですけど、その意識から変えたいと思っているんです。だって現場で預けて仕事してるわけで、何も悪くないですよね。今回の現場では子供も楽しそうだったし、現場の雰囲気もよくなるし、優しい組だったなと思います。 青木基晃(宣伝プロデューサー) 今年の東京国際映画祭で実施された近藤香南子さんによるシンポジウム「女性監督は歩き続ける」でも、小夏さんたちがキッズスペースを2カ所作ってくれたんですよね。 小夏 会場内にも作っていいとのことだったので、親子席の中に遊べる場所を作ったのと、ミルクをあげたりおむつを替えたりできる部屋を奥の楽屋の隣に借りてもらって、そこでも遊べる場所を用意しました。弊社では(生後)3カ月から12歳まで見られるので、その年齢のお子さんに利用していただきました。 青木 女優さんがお子さんを連れてきて、そのシンポジウムに参加できていたので、実際に機能してるのを見てすごくいいなと思いました。参加したくても「子供が泣いたら」とか考えてしまうけど、そういう施設がある時点でほかの参加者にも“泣いても当たり前”というインプットになるじゃないですか。 小夏 どの業界にも言えるかもしれないですが、子育てが何かをあきらめる理由になってほしくないし、そうならない国であるべき。これほど時間にも働き方にも縛りがなく、子育てから遠い業界はなかなかないと思っていましたが、そうあるべきではないと皆さんも思っていたんだなっていうのは、活動していて感じますね。 ■ 今の課題は車両と人材の確保 ──続ける中で見えてきた課題はありますか? 小夏 車両の問題ですね。一般のベビーシッターと違って各家庭に行くことだけではないので、「保育園から現場に連れて来てください」という場合、公共交通機関を使って行くのはなかなか難しい。また、現場近くで借りられる部屋が普通の会議室だった場合は、マットやお布団、おもちゃ、机の角を塞ぐコーナーガードなど備品も一式必要なので、それを運ぶ意味でも車両は必要です。今は必要なときにレンタカーを借りています。 濱 ロケ現場って、ちょっと駅から遠い変なところにありがちなので、会社の車を持つことは今一番先にやりたいことですね。 小夏 あとは人材の面です。ありがたいことにいいサービスだと言ってもらえる機会が多いのですが、今後より広がっていくと、(予約が)かぶってしまったときに行けない場面が出てきてしまう。 濱 今は体が2つしかないので、時間帯が違えば1日に最大3件行けるかなという状況です。 ──今後人を増やすとして、条件的にはどういう方と一緒に働きたいですか? 小夏 応募要項としては、「業界がわかる人・子供が好きな人」以上! とはいえお子さんを預かるのは命を預かるということですし、資格や専門知識は必要なので、業界がわかるうえで保育資格やベビーシッター資格を持っている人がいたら今すぐ来て!という感じです。 濱 ベビーシッター資格はクリアできるかなと思うんですが、保育士は国家資格なのでちょっと大変なんですよね。独学でも取れるは取れるんですけど。ほかにあるとありがたいのは、チャイルドマインダーの資格。イギリス発祥の資格なんですが、ベビーシッターの資格よりも多い1~4人の少人数保育ができます。 小夏 業界を知るほうが大変だと思うので、知ってる人が資格を取ってくれるといいなと。育成にもカロリーがかかりますが、仕事量がおそらく一番少ない今、やらないといけないと思っています。 ■ 将来的には映画・ドラマの現場に“保育部”ができれば ──もともとお二人ともマネージャー業をされていたとのことですが、今のお仕事に活きているなと思う部分はありますか? 小夏 人に尽くすのが好きなので、子供たちへの対応には活きているなと思います。一方で、子供が好きな人ばかりじゃないし、仕事に集中したいスタッフさんもいるので、そういう方たちの感情を表情から読んだりはします。 濱 “察する”能力ですね。状況によっては空気を読んで引くよね。あとは臨機応変に、現場のあらゆる環境変化に対応できることだと思います。5秒後に状況が変わる世界で、うまくパズルを解いて、合わせるような感覚です。 小夏 ハラスメントへの意識や労働基準法など、会社・制度としては変わってきても、実際に現場で動く身からしたら何も変わってないけど!ってマネージャーとして働いていたときもすごく感じていました。業界がこのままだと本当に人がいなくなっちゃうけど、9時-17時になることってありえないので……。学校で撮影するなら土日になるし、電車のシーンを撮るなら終電が終わってからしかできない。 濱 だからこそ、一度現場を離れてからまた(この特殊な働き方に)戻れるのか、という恐怖もあるしね。 小夏 同じように感じている制作スタッフやマネージャーさんにも、選択肢の1つに入れてもらいたいです。技術職の人たちもそうかもしれませんが、マネージャーは“手に職”系の仕事じゃないので、この業界を離れたら自分で何ができるんだと考えたときに、特に女性は30代になるまでに辞めちゃう人が多いのは悲しいことだなと思う。でもin-Ctyがある、見てくれるサービスがあるから続けられる、と思ってくれたら。 ──サービス自体もですが、お二人の存在も「こういう道もあるんだ」という選択肢になりますよね。では最後に、今後の展望について聞かせてください。 小夏 将来的には、映画・ドラマの現場の〇〇部といった形で、“保育部”みたいなものができれば。その作品のスタッフとして場所を押さえたり車両の運転もできるので、制作部の方が今プラスワンで動いている部分を、ちゃんと現場の中の(別部署の)取り組みとして機能させることができる。それこそコロナ禍のときは急に“衛生部”というのができて、現場の入り口で検温したり、マスクがない人には渡したりしていたんですよ。そこには費用がかかっているわけで、やればできるはずなんですよね。だから部として受け入れてもらえれば、考え方としてもシンプルかなと思います。 ──個人依頼も受けているとのことですが、技術打ち合わせで挨拶してから現場が始まるとなると、組付きのほうが周りへの浸透も早いですよね。組に付く意義は大きい気がします。 小夏 それは感じますね。組の一員としての姿を見て、いいと感じてもらえたら、「保育部があるのは当たり前だよね」となる未来もあるはず。そこを目指しています。あとは役者さん達が(率先して)、「保育部がないと作品撮れないよ」と言ってくれれば……! ──インティマシーコーディネーターも、映画のスタッフや俳優から必要とされて浸透していきましたもんね。きっとお二人もものすごいスピードでそうなっていくのではないでしょうか。 濱 そうなればいいんですけどね! 今は課題を見つける期間でもあるので、皆さんと相談しながら、作品のチームの1人として扱ってもらえればなと思っています。 小夏 何が必要なのか、部署によっても変わってくると思うので、「こういうのが欲しい」「もっとこうできるんじゃないか」といったディスカッションがしたいです。それが、私たちがもともと業界にいたことのメリットですし、俳優・スタッフの皆さんと一緒に歩んでいきたいと思っています。 <in-Cty 問い合わせ先> info@in-cty.com