『ライオンの隠れ家』“普通”の言葉がなぜ響く? 徳尾浩司×一戸慶乃が語る脚本制作の裏側
想像を超えてきたキャスト陣の芝居
ーー役者さんが演じることによって意外な発見もありましたか? 徳尾:特に美路人の場合、ASD監修の先生からご指摘をいただいたのは、「旅行に行きます」とか「会社(プラネットイレブン)に行きます」とか「お兄ちゃんは〇〇です」とか、直接的な表現を使うほうが自然だということでした。普段僕らは、あれとかこれとかそれとか、ふんわりした曖昧な言葉をよく使っているけど、そうじゃない。直接的でシンプルなセリフなんですよね。でも、実際に坂東さんは演じる中で、表情や手の動きを含め、セリフ以外の意味をお芝居で補ってくれているんです。こうして作り上げられた美路人というキャラクターの全体像は、セリフを書いている時には予想できないことでした。 ーー美路人の言動はどこまで台本で描かれているのですか? 例えば第1話の冒頭で、美路人が蛇口から水を出しながら、その水を指で切っていて、洸人が来て水を止めるやり取りなど、日常のルーティンは台本ですよね? 徳尾:ルーティンの行動自体は台本で書ける部分は書いているんですけど、美路人の仕草に関しては、ほとんど書いてないんです。あるのはシンプルな言葉と動作だけで。そこに絶妙な表情や仕草を加えて「ライオンがいなくて寂しいのかなぁ」とか「寂しい気持ちで夕日を見てるのかなぁ」とか「お兄ちゃんを勇気づけるためにここにいるのかなぁ」とか、坂東さんがお芝居で表現してくれています。 ーー美路人とライオンのやり取りもあまりにナチュラルです。 徳尾:あの二人のやり取りは、台本に縛られていない感じがすごく面白いんですよね。美路人が出張の準備をするシーンで、ライオンが図鑑を持ってくる前に1回落としてしまったりとか、いらないねと言われて変な顔をしたりとかしていて。ライオンは正面から撮られていないんですけどいろいろやっていて、何かドキュメンタリーを観ているようで面白いんです。 ーーライオンはヤンチャで自由で手がかかるようでいて、意外と大人の顔色を見るところもあり、後から虐待されていたことがわかると、切なくなります。子どもの解像度があまりにも高いですが、お二人の身近にヤンチャなお子さんがいたりするのですか? 徳尾・一戸:いないです(笑)。 徳尾:そう思っていただけるのは嬉しいですが、そこは監督の泉(正英)さんをはじめとする監督陣がしっかり大空くんと向き合って、ただセリフを言うんじゃなく、気持ちで演じるんだみたいな特訓をずっとしていたようなんですね。あの、のびのびとしたお芝居が生まれたのは、クランクイン前から築いてきた監督との絆がすごく大きいんじゃないかなと思いました。 一戸:現場やお芝居の部分でできているところはとても大きいですが、脚本について言うと、ライオンがヤンチャな理由には、お母さんから言ったらダメだと言われている部分だったり、年齢的にも言葉にするのが難しいこと抱えているという背景があるんですよね。そこは書く上で忘れないよう、ただ明るくはしゃいでいるわけではなくて、いろいろなことを経てここにいるんだということを常に意識していました。 ーー笑いの入れ方も絶妙で。美路人はすぐ「さよなら」と切ってしまうじゃないですか。リモートの打ち合わせで、相手が話し終わる前にノートPCをバタンと閉じたり、野菜を持ってきてくれたおばあさんもすぐ追い返したり(笑)。 徳尾:台本では「さよなら」とは書いているんですけど、ちょっと食い気味で言うのはお芝居ですね(笑)。演出の力も大きいと思いますけど、すごくリアルですよね。PCをバタンと閉じるのは台本にもあったのですが、モニターごしにどんぐりを船木さん(男性ブランコ・平井まさあき)に食べさせようとするのはアドリブです。 一戸:島に行った彼らならではのアドリブです。どこかでどんぐりを拾ったんだろうなあと想像したら、とても愛おしくなりました(笑)。 ーー他にも意外なアドリブはありましたか? 徳尾:僕は寅じいを演じるでんでんさんが自由にやってくれているアドリブが大好きで。記者が訪ねてきて、ライオンの写真を見せて「このお子さん、見ませんでしたか」と聞いてきた時に「この辺、ジジイばっかりなんですわ」と答えるところまでは台本ですが、「ババアもいるけど」とか、ずっと喋っているのはアドリブですね(笑)。寅じいは素人のはずなのにとぼけた芝居が上手いっていう(笑)。 ーー(笑)。ところで、愛生の見え方がどんどん変わっていくところがサスペンス要素を牽引していました。どこまでどう見せていくかは、どう計算されていたのでしょうか? 徳尾:それは台本を作っているときに、坪井(敏雄)監督を交えて「第1話でここまで見せる」「第2話ではこういう印象で見せたい」といった詳しい話をしました。話が進むごとに「ここってお母さんは(視聴者に)どういうふうに見えてるんですか?」とか「まだここの時点では虐待している母親に見えているはず」などと、松本さんに確認しながら作っていきました。どう見えているかは難しいんですよね。 一戸:第2話や第3話で愛生も出そうかという話もありましたが、「ここは謎に包まれているから、まだ伏せておこう」と話し合いました。柚留木(岡山天音)もまだ色々な捉え方ができるようにしたままで、洸人と美路人とライオンのヒューマンの部分をしっかり描いていこうと。 徳尾:第2話でライオンとはぐれたとき、ブランコの画像を送っているのは愛生という設定にして、最初は柚留木の部屋で愛生も見えてもいいんじゃないかとか、いろんなパターンが考えられたんですが、「いや、まだここで愛生を見せちゃダメだ。ここまで謎にしておいた方がいい」と話し合っていました。最初は敵か味方かわからなくて、第5話で愛生がネットカフェで涙を流すシーンでは「ここはもう良い人に見えているから、きっと大丈夫」と話し合ったのを覚えています。 ーーキャラクターの気持ち先行で、かつ視聴者にはどう見えるか、観る側の気持ちにも寄り添う複数の視点が設けられているわけですね。 徳尾:真実のストーリーと、ドラマとしてどう見えているかのラインは2本同時に考えて、矛盾がないようにしようと話しました。見せ方のために気持ちに嘘があると、物語が破綻してしまうので。愛生がこういう気持ちで動いていて、この段階ではこの部分が見えてきている、というふうなことをホワイトボードに書いたり、Excelに書いたりして、共有しました。 ーーExcelではどんな項目を立てて把握されていたんですか? 徳尾:横軸にキャラクターを書いて、縦軸に気持ちを書いて、みたいなやり方です。事件として起こっている事実と、ドラマとして面白いかどうかを混ぜて考えるとわけわかんなくなっちゃうんです。だから時系列ではこうだよね、でもこの話ではここを見せるのが大事だね、というのは表にしていきました。 ーーExcelを使って把握する作業は脚本家さんはよくやられる手法なのですか? 徳尾:Excelでやるかどうかは分からないですが、事実とドラマは分けたほうがいいというのは若い頃に気づきました。今回は気持ちの方を大事にしようということになったので、特に事実関係を把握することが必要でした。事件が深まっていくとハラハラはするけど、人物の気持ちがどんどん見えなくなっちゃうので、そのバランスに気をつけようと思いました。 ーーこの作品の人気も、まさに気持ちを最優先して描いているからですよね。 徳尾:それは松本さんもブレずにずっと大事にしていたことなので、僕も一戸さんも当初からサスペンス的なところはあるけど、三人の気持ちを大事にするというのは共通認識としてあって。一戸さんと「ここのヒューマンってなんだろうね」みたいな話し合いはよくしましたね。 ーー一戸さんはどう答えるんですか? 一戸:そこはみんなで考えていく作業でした。サスペンスは「何か」が分かるとお話が展開していくんですけど、それでヒューマンの部分を置いてけぼりにするのはよくないよね、と。例えば愛生や祥吾、サスペンスに関わる人たちを描くとしても、その中で人間的なところを描いていこうと考えていました。 ーーキャラクター全員がハマり役ですが、特にこの役をこの人が演じてくれたから成立したと思う人はいますか? 一戸:「全員」と言いたいですが……、記者の楓が違った角度で物語を進めてくれたり、違う視点で見せてくれたりするキャラクターで。ヒューマンのゆったりした時間の中にも、テンポある掛け合いも見せてくれる楓がとても魅力的です。桜井ユキさん、とってもカッコいいです。 徳尾:僕は今回、洸人というキャラがすごく新鮮で。言葉選びを僕も一戸さんも重要視している中で、すごく立ったセリフが必要なんじゃなく、日常にありふれたセリフなんだけど、なるべく相手のことを考えた丁寧なセリフを洸人はチョイスするだろうという共通認識を持っていたんですね。 ーーそれはドラマを観ていて伝わってきます。 徳尾:例えば牛肉を1キロも買ってきた美路人に対して、普通だったら責めるつもりはなくても「そんなに買ってきたの?」とか言っちゃうと思うんです。でも、洸人はそうは言わず、「また明日も食べられるよね」と言う。褒めると嘘になるけど、きつく何かを糾弾する必要はなくて、ちょっとだけ前向きな言い方をするのが、洸人らしいなぁと思って。そういう洸人が好きだし、気の利いたことを言うわけじゃない優しさみたいなことが、観ていても一番沁みるなぁと思うんです。それは僕としてもセリフを書いた満足感ではなく、何気ない日常的なセリフを見事に演じる柳楽さんのお芝居にすごく心打たれるんです。