『ライオンの隠れ家』“普通”の言葉がなぜ響く? 徳尾浩司×一戸慶乃が語る脚本制作の裏側
「気持ちスタート」で進むサスペンス
――それぞれご自身の中にない引き出しを持っていると感じる点はありましたか? 徳尾:今回はドラマ全体に“引き算”がされているんですね。例えば、具体的なセリフで言わない方が気持ちが伝わるシーンもたくさんあって。僕は引いていく作業を普段あまりしないので、一戸さんのターンから戻ってきたときに「ここはそうか、『……』だけで伝わるな」と思うことがあったんです。それと、第1話で美路人の「海じゃなくてもウミネコはウミネコです。どこを飛ぶかはウミネコの自由です。ウミネコだって違う景色見たいときあります」というセリフがあって。それは僕にはない発想なので、この空気感を、プロット作りや企画開発の最初の段階で大事にしているんだと思い、そういう世界を僕もちゃんと作っていきたいと思いました。 ――一戸さんは、徳尾さんに対して、ご自身が愛着を持っていたキャラクターや世界観を一緒に大事に育ててくれる人と感じたのでしょうか? 一戸:そうですね。日を追うごとにキャラクターのいろんな側面が見えてきました。人間ってずっと変わり続けるもの。私一人の中では見つかっていなかったキャラクターの側面を徳尾さんと一緒に考えながら発見していきました。 ――一戸さんが徳尾さんからの直しを見て驚いたこともありましたか? 一戸:毎回です。短いスパンで締め切りがある中で、もちろんベストは尽くすけど、期限内に自分の納得いく形まで到達できなかったときには、「私はここがうまくいきませんでした。お願いします」みたいな形で渡すこともありました。そこから徳尾さんの視点で書いていただいて、戻ってきたときに新たな感動が生まれることもたくさんありました。 徳尾:ドラマ全体のバランスを整えるとか、35分~40分あたりで盛り上がって……みたいなよくある脚本のセオリーは、慣れればきっと誰でも身につくことなんです。今回、一戸さんはそれは別に気にしなくてもよいから、それよりもキラッと光るものをできるだけ残したいし、そうした一戸さんのインスピレーションを受けてさらにドラマが良くなるようにしたい。いいアイデアがあるなら、こういう見せ方をした方がより伝わるかも、という提案は僕もしていきました。 ――徳尾さんはこれまでのテクニックやセオリーを今回はあえてできるだけ使わないようにしたのでしょうか? 徳尾:今回はそういうものがあまり通用しないジャンルですね。今まで手掛けてきたドラマでは、やりたい出来事やテーマがあって、そこに向かいながらキャラクターが動いていくという話が多かったんですが、今回は何が起きるかはとりあえず置いといて、登場人物の気持ちを積み上げていく中で出来事が生まれてくるという考え方でした。こういう気持ちだから佐渡島に行くよねとか、佐渡島に行くためにはこういうステップの気持ちの動きと会話が必要だよねとか。とにかく「気持ちスタート」でした。 ――「気持ちスタート」で進むサスペンスって、斬新です。 徳尾:そうした方法は今まであまりやっていないので、時間はかかるし、そういう意味ではずーっと手探りで。「洸人はこのとき、どういう気持ちなんだっけ?」とか一戸さんとよく話していました。「ここはこういう気持ちだよね」と確認しながら、気持ちを作ってから書いていく。でも、その気持ちがちょっとでもずれていくと、エピソードが合わなくなってしまう。オリジナルドラマだからこそですが、これは違うな、となったらほとんど書き直すなんてことも結構ありました。 ――プロットがあるにもかかわらず「気持ちスタート」で書くと、行き着く場所も変わっていくことがあるんですね。 徳尾:プロットにはもちろん気持ちも含まれているんですけど、流れや出来事を書きがちなんです。だから、台本にしたときにうまくいかないとなることはよくあって、プロット作りはそこそこにして、もう台本を書いちゃおうかという話になり、実際書いてみたら「やっぱり違うね」と行き詰まることはよくありました。ずっと洸人たちの気持ちを考えていましたね。