月給22万円から大幅アップ「来て良かった」 タイで働く20代が語る“現地採用”
世界の都市で在留邦人が2番目に多いタイの首都バンコク。多くの日本人が日本企業の駐在員として働いてきたが、近年は円安などの要因から日本を飛び出してタイにある現地会社や日系企業で働く「現地採用」の若者らが増えているとされる。バンコク有数の人材紹介会社「パーソネルコンサルタント」に就職し、事業部長を務める小林愛可さん(28)=福岡市出身=に「現地採用」の利点や難しさなどを聞いた。(バンコク・稲田二郎) 【写真】人材紹介会社「パーソネルコンサルタント」が入るビル 「こっちに来て本当に良かったです」。小林さんの言葉には実感がこもっていた。バンコクで働き始めて3年9カ月。機械・電気系エンジニアやホテルのフロント係、通訳などタイの高度人材を日本に送り出す事業を担い、わずかな期間で部長にまで昇進。入社時に5万バーツ(約22万円)だった月給は大幅に上がった。 「日本だと半年から1年は研修があり、その後も先輩に倣って勉強する形が一般的。そうやってしっかり学ぶことも大事ですが、私の場合は社長直下で『こんなことをしてみたらどうですか』などと、いろんな議論をさせてもらい、高度人材を送り出す新規事業に取り組んだ。しかも、その責任者になれたのはタイだからこそだと思います」 パーソネル社は1994年の創業。タイに進出する日系企業に人材を紹介する事業を主に行ってきた。社員は約90人で、うち日本人は15人。タイ人スタッフ5人を束ねる小林さんは日本にある企業のニーズを掘り起こし、語学力や工業技術などを備えたタイ人約80人を日本へ送り出してきた。 「ニーズがあるサービスを設計し、部下の仕事の割り振りなども一からやる。残業もあるが、決断することが多く、裁量が大きい分、やりがいを感じます」 タイ人スタッフとぶつかることもある。「議論で遠慮せずに向かってくるので苦労もあった。英語とタイ語でやりとりする中で、微妙なニュアンスが伝わらない場合もある。でも、意思疎通を図ろうとすることが大事。タイで働くことができて、貴重な経験だと前向きに捉えています」 バンコクである日本関連のイベントなどには小まめに顔を出して人脈を広げる。いつも笑顔で応対する胆力を培ってきた。 プライベートも充実している。自宅はオフィスから電車に乗り20分以内で、家賃は約5万円。昼食は安いタイ料理なら200~300円ぐらいで済み、貯蓄がしやすい。週末はバレーボールで体を動かし、友人との食事やウインドーショッピングを楽しむ。日本より安く行ける海外旅行が最大のご褒美だ。 「タイは男女やLGBTQ(性的少数者)の人たちが分け隔てなく、当たり前に暮らしている。社会がぎすぎすしていないところも魅力ですね」 ◇ ◇ 小林さんとタイとのつながりは福岡女子大(福岡市)3年時。海外留学を希望し、調べたら「女性がとても活躍している国で、興味が湧いた」。留学した先輩がすごく好きになり、帰国後、後輩にタイ留学を勧めていたのも、関心を高める要因となった。 タイの名門マヒドン大に1年間留学。優秀なタイ人の学生と机を並べる中で英語能力を鍛え、タイ語を習得した。留学を機にタイで働く日本人が多いことを知り、海外就職の選択肢を意識したという。 大卒後の進路を考えた時、日本企業に就職し、タイの駐在員を目指す道も想像した。「ただ、日本企業に就職すれば駐在員になれるのか、行く国はどこになるのか、それがいつになるのかも不明。だったら、若いうちに自分で挑戦したいと思った」。単身でバンコクに渡って就職活動し、同社への就職を決めた。 海外での就職に不安もあったが、同じ福岡市出身の小田原靖社長(55)の言葉に力をもらった。「海外で活躍する人と会う機会などを提供できると社長に言ってもらい、後押しになった。不安をチャンスと思えるようになれた」 ◇ ◇ 4年弱で部長になった小林さん。日本なら実績を積んでから責任ある立場になるのが普通で、入社当初から事業を任せた小田原さんに不安はなかったのか。 「どこの社長も心配ですよ。でも、若くして裁量を持てるのが現地企業の大きな魅力。タイでは成績が良い社員の給料を50%上げることもある。日本のように社員平均で何%アップなどは気にしない」 ダイナミックに働ける現地採用だが、実は狭き門になりつつある。「かつては日本人だったら、どんな職種でもだいたい採用された。今は日本人しかできない仕事はほぼなく、能力が高いタイ人が優先される」と小田原さん。小林さんも「私のケースはさておき」と前置きし「タイの企業に入れたとしても英語、タイ語を話せた上で、優秀なタイ人らとの競争がある。年々シビアさは増している」。 タイでは、日本に比べて経営者がより強い権限を持ち、売り上げなど成績を上げられない社員は解雇されるケースがある。 環境が合わずに数カ月で帰国する日本人も少なからずいる。小田原さんは言う。「根性があればできる時代ではない。特に必要なのは語学を含めた適応力。タイでは計画変更は当たり前で、それを楽しめるかは、現地で働けるかどうかの一つの指針かもしれません」