「これが本当に里芋?」不思議な食感がフランス料理のテリーヌに
「この里芋は普通の里芋とは違うんですよ。福井県大野市のなかでも上庄地区の里芋でないと、この食感は出ないんです」と鎌田シェフが言う。鎌田シェフは福井市の出身で、この食材に小さいころから親しんできた。 地元でも煮っころがしやのっぺ汁として使われるのだが、上庄の里芋は、固いことで有名なのだ。だから煮崩れしないし、オーブンで焼いてもしゃきっとした食感が残ったままになる。テレビ番組でもたびたび紹介されるから、知っている人は少なくないかもしれないが、実際に「上庄の里芋」を食べたことがあるのは、福井県の人や一部の食に詳しい人だけかもしれない。
同じ大野市で育てても固くならない
福井県大野市は、同県東部の山間部にある人口約3万3000人の町。北陸の小京都とも呼ばれる。とにかく水がきれいでおいしいことで有名で、酒蔵も立ち並ぶ。大野城は「天空の城」としても話題になった。大野産のコシヒカリもうまいことで知られ、とにかく自然が豊かだ。
鎌田シェフが「普通の里芋とは違う」と説明する大野市上庄地区で栽培されている里芋は、「土垂(どだれ)」を品種改良した大野在来種。この種芋を、里芋の出荷量が多いことで有名な千葉県で植えてみても、不思議なことに、同じ歯ごたえにならない。何が違うのかというと、それは土壌だ。 上庄地区は、人口4000人。日本百名山である荒島岳を背に、肥沃な土地が広がる。生産者の森永誠次さん(63)は「上庄地区は、扇状地にある乾田地帯で、水はけが良いのです。同じ市内にある下庄地区は沼田地帯なんです。同じ大野市内で、同じ品種を栽培しても、上庄と同じように身の締まった里芋が育たないのです」と話す。
出荷量そのものは宮崎県や千葉県に遠くおよばないのだが、とにかくこの固い里芋は、上庄でしか栽培できない。JAをはじめ、市や県もその特徴を打ち出して、ブランド化を推進してきた。森永さん自身は、15アールの畑を持ち、年間1.5トン程度を出荷する。減反に対応したり、耕作放棄地を借り受けたりした農地もある。里芋農家としては10年だが「短い方です」という。 「水田より2、3倍の手間がかかるんですよ」。4月の終わりに植え付けが始まり、マルチ引きをし、その上に土をのせる。葉が3枚になる前に、葉をとる。水管理は最も難しく、土壌を見ながら灌水する。いま、里芋は孫芋ができている時期なのかどうなのか? アルカリ土壌を保つため、石灰やタマゴの殻をまいた方がいいのかどうか? など気配りは後を絶たない。「地面の下のことですから、すべて勘でやらないといけないのですよ。掘り起こすまで分かりません」。