〈HIKAKIN進化論〉カップラーメン好きの「ビートボクサー」がYouTubeの帝王になるまで…進化とともに「長尺化」する動画の秘密
YouTube Kids市場とファミリー層へのアプローチ(2017年~2020年ごろ)
2017年前後から、YouTubeではキッズ向け・ファミリー層向けのコンテンツ拡充が進み、HIKAKINもその波に乗る形でファミリー層へのアプローチを明確化していった。 これまでも親しみやすい印象を築いてきた彼だが、この時期にはより「家族がリビングで一緒に楽しめる」エンタメの方向性を強調。言動や表現は過激さを抑え、安心感のある語り口や企画構成で、小さな子どもから大人まで幅広く受け入れられる空間を作り上げていくことになる。 特にこの時期に伸長したYouTube Kidsという専用アプリの存在や、子ども向けクリエイター支援策など、プラットフォーム側の後押しも大きかった。 こうした環境の中、HIKAKINは「子どもが真似したくなる」小ネタや視覚的にわかりやすい演出、そして親子でほほ笑みながら見られる工夫を組み込み、視聴時間そのものをエンターテインメント化。ファミリー層との「共に過ごす時間」の創出によって、ますますチャンネルの存在感を高めていった。 その延長にあるのは、それまで家族団らんの時間/リビングの中心にあったテレビ番組だ。
大規模プロダクション化とブランド化(2020年ごろ以降)
2020年以降、HIKAKINの制作体制は格段にスケールアップを遂げる。 一本の動画にかける企画力や編集コストは増し、映像表現の高度化や大型コラボ企画により、一本あたりの尺もさらに長大化。 視聴者は単なる「動画」ではなく、テレビ番組並みの構成・演出で仕上げられた「体験」としてコンテンツを楽しむようになり、結果として動画時間の伸長はむしろ歓迎されるようになっていく。 また、この時期のHIKAKINはYouTubeの枠を超えた「ブランド」としての地位確立にも力を入れる。 その一つが、2023年4月に立ち上げた「HIKAKIN PREMIUM」だ。同ブランドは、HIKAKINがこれまで築き上げてきた信用や世界観を、モノづくりというフィールドでも展開する試みである。 第一弾として日清食品とのコラボでリリースされたカップラーメン「みそきん 濃厚味噌ラーメン」は、YouTuber発の商品として大きな注目を集め、エンタメブランドとしてのHIKAKINの存在感を際立たせた。 さらにYouTubeのアルゴリズムが「再生回数」より「再生時間」を重視することが明らかになっていったのもこの時期。 これは、広告出稿で利益を得るYouTubeとしては、ユーザーが長く滞在して多くの広告を視聴してくれるように促す動画を優遇するという仕組みだ(HIKAKINと並ぶトップYouTuberであるヒカルの動画が好例で、現在の彼の動画は1時間どころか2~3時間以上の尺も当たり前になっている)。 視聴者も長い動画に慣れ、アルゴリズム的にもYouTubeは長尺動画を好む傾向を強めた。 さらにHIKAKINの動画は「HikakinTV」というチャンネル名通り、従来のテレビ需要へと食い込んでいく流れをずっと持っていた。 これらの点から、HIKAKINの動画が長尺化するのは自然な流れだったと言えるだろう。 ファミリー層への訴求やブランド展開、そして制作体制の強化を通じて、ただのコンテンツクリエイターではなく、日本発の「総合エンタメブランド」としての地位を不動のものとした存在。それがHIKAKINだ。 もちろん彼の躍進にとって、先行者メリットが大きな「てこ」となったのは間違いない。 しかし、多くの古参YouTuberがその人気をシュリンクさせていった状況を見れば、HIKAKINが運と実力、そして努力のすべてを兼ね備えたスターであることに、疑いようはないだろう。 文/照沼健太
照沼健太