2人目を希望してたら、まさかの3つ子だった!? 実家・義実家フル稼働の3つ子育児【多胎育児体験談】
実家・義実家が総出でバックアップ!人の支えがあっての産後育児
「退院後の3つ子育児はやっぱり心配なことも多かったですね。長女もまだ幼かったので、夜中に3つ子が泣いたら起きちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしていました。最初は授乳のタイミングが全然つかめず、深夜バラバラに起きた3つ子にミルクや母乳をあげていましたが、そのときは眠れなくて本当にしんどかったです。3人の授乳のタイミングを3時間ごとにそろえ、哺乳びんもすぐに洗わなくていいように12本ぐらい用意したら、だいぶ楽になりました。 しんどいこともありましたが、私の場合、長女の育児を経験していたことが非常に大きかったです。1人目だったら戸惑っていたと思いますが、赤ちゃんが泣いていても、『これはおなかがすいて泣いているんだな』『眠くて泣いているんだな』と多少のゆとりを持って構えていられました。 退院後は3カ月ほどは、自分の実家に里帰りをしていたので、家族の支えも大きかったです。母は、毎日ごはんを作ってくれて、沐浴(もくよく)も手伝ってくれました。私の兄2人は、上の子を連れて散歩に行ってくれました。父は、朝早くに泣いている子がいたらリビングに連れて行ってあやしてくれました。夫も夜勤がある前日は朝まで子どもをみてくれたため、私はその間に寝かせてもらいました。また、2カ月ほどは訪問看護を利用していたので、3つ子の1人の通院がある日は看護師さんに来てもらって、母と一緒に子どもたちをみてもらうこともありました。 里帰りが終わってからも、夫の実家で義両親と同居していました。義父も義母もすごく協力的で、オムツを替えてくれたり、ミルクを作って飲ませてくれたり、なんでもしてくれたおかげで安心して過ごさせてもらいました。たくさんの人の手を借りて、育児に集中させてもらえたので、実家・義実家の親族には本当に感謝しています」(あやきさん)
夫と5人の子どもたち
3つ子を含む5人の子どもたちを育てるには、夫との支え合いが不可欠です。 「3つ子が2歳になったころに、家を建てて家族だけで住むことになりました。夫も1人目の育児を経験しているので、3つ子育児が始まってからも即戦力。オムツが汚れたら率先してオムツポーチを持ってトイレに駆け込むほどです(笑)。夫はすごく面倒見がよいので、子どもを任せて私が出かけても大丈夫。ふだんのごはん作りは私の担当ですが、料理もできますし、食器を洗ったり、おふろはもちろん、寝かしつけも夫の担当です。夫が寝かしつけをしている間に私が洗濯物を干したり、次の日の準備をしています。朝は、私がお弁当作りや、連絡帳の記入、身支度で忙しくしているので、子どもたちの準備は夫がほとんどやっています」(あやきさん) もともと子どもが3人欲しかったという上岡さん夫婦。3つ子を生んだ時点で子どもは4人でしたが、2021年に5人目の二女を出産しました。 「3つ子は2歳ごろから徐々に言葉が通じるようになり、だんだんと手がかからなくなりました。そのタイミングで5人目を授かりました。実は、3つ子の帝王切開のときに医師から『卵管を縛ろう』と言われたのですが、卵管を縛ると自然妊娠ができなくなってしまうので、『まだ縛らないでください』とお願いしていたんです。30代前半でもう1人、あわよくば双子を産みたいと思っていたので(笑)、31歳で5人目の二女を出産しました」(あやきさん) お話・写真提供/上岡あやきさん(二姫三太郎ママ:tkyk716) 取材・文/清川優美、たまひよONLINE編集部 両親・義両親・きょうだいなど親族のバックアップを借りて、みんなで育てた3つ子たち。1人目の育児を経験していたこともあり、夫婦の連携もバッチリですね。 2本目のインタビューでは、働くママの1日のスケジュールや、子どもたちの成長、3つ子育児ならではの楽しさ・面白さについてお聞きしました。 「 #たまひよ家族を考える 」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることをめざしてさまざまな課題を取材し、発信していきます。 ●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。 ●記事の内容は2024年5月の情報で、現在と異なる場合があります。
たまひよ ONLINE編集部