にしおかすみこ、認知症の母とダウン症の姉と共に踏切を渡ったときの「危機」
急がねば。
慌てず急がねば。2つの小山の間に割って入り、右手で姉の手をそっと握る。怖いと感じたらテコでも動かなくなる。眼に、おや?という影を滲ませてはいるが、まだ大丈夫そうだ。次に、私は左手を母の肩に回し「ママ、進むよ。引き返さない。転ばないで」と短く言葉を切りながら伝える。 3人で少しずつ前へ、順調だ。なんてことはない。 母が「すみ、大丈夫よ。慌てなさんな。落ち着きなさい。さてどうする?戻ろうか、行こうか」。ババアの脳が振り出しに戻っている。 カンカンカン。警報音が煽ってくる。 更に「あれ、あれれ、すみ、あれ見て。間に合うか?」と、何かに気を取られた。私たちは踏切の右側にいる。中央を車がガタガタと通り過ぎる。母の目線はその奥、左側だ。若いお母さんが小さな子の手を引きながら渡ろうとしている。目指す方向は私たちと一緒だ。女の子がグラッと体勢を崩すも、スッと腕ごと引き上げられる。転んではいない。 それでもウチのババアは「あ!あの子!危ない!あ、あ、あ、」とそちらに、フラフラと横移動して行く。お前が危ない。 「ママ!」私の声が空振りする。 遮断機が下り始める。若いお母さんが子供を抱き上げ踏切の外に出た。ゴール。
あれあれあれ
ババアの顔がホッとし、ハッとする。 「あれ! あれあれ! 棒が下りちゃう! すみ! 早く! ボサっとしない! あれあれあらら! 閉じ込められちゃうよ。こんなことされたら年寄りと障がい者はどうしたらいいんだ。死ねって言っているようなもんじゃないか。世の中おかしいよ、だって考えてごらん?」 「うるさい!」私の足で、あと数歩なのに何故渡れない。最悪の結末が脳をかすめる。どっちもは無理だ。「ママは自力でまっすぐ!」と指示を出す。 「何言ってんだ!お姉ちゃんが先だろう!」 「うるさい!! わかってる! 私が連れてく! 時間ない! 言うこと聞いて!」 「言うことは聞けない! お姉ちゃんが先!!」 だから……「殺すぞババア!!!」どんなセリフだ。自分から飛び出た言葉に構っていられない。私は「お姉ちゃん走るよ!」と小さな手を握りしめ引っ張る。動かない。しまった。固まっている。動かざること山のごとし。×2。……どうする?担げない。突き飛ばすか? そのとき。母が動いた。ふわりと姉の横に回り、私を見る。こう言った。 「すみ、先行きなさい」。……出た。真剣なのはわかるが、ドラマチックな顔をするな、クソババア。