「無機質さに違和感」死刑に立ち会った元法相 ブラックボックス化する死刑制度に投じた一石
2010年7月28日、法務大臣を務めていた千葉景子さん(76)は、死刑を執行する東京拘置所(東京都葛飾区)の「刑場」にいた。絞首のロープが垂れ下がる「執行室」手前の「前室」で、連行されてきた死刑囚に対し、拘置所長が「今から死刑を執行する」と告げた。死刑囚は言葉を発せず、放心状態に見えた。 目隠しと手錠をされた死刑囚が刑場に連れてこられると、刑務官がすぐにひざを縛り、首にロープをかけた。刑務官が鉄の輪を動かしてロープと首の間の隙間をなくすと、直ちに踏み板が外れて死刑囚は落下し、つるされた。その時、ガシャーンという音が響いた。 1945年から2023年までに718人が刑場の露と消えた。 しかし、死刑の実態について法務省は明らかにするのを拒み続けており、死刑に関する議論が深まらない要因にもなっている。死刑はなぜ「ブラックボックス」となっているのだろうか。(共同通信 佐藤大介)
法相が異例の死刑立ち会い 感じた違和感
死刑執行の4日前、千葉さんは2人の死刑囚への執行命令書にサインをしていた。目の前に座る死刑囚は、その命令によって間もなく命を絶たれることになる。その時の気持ちについて、千葉さんは「言葉にするのは難しいですね」と複雑な表情を浮かべた。 法相が死刑執行に立ち会うのは異例のことだった。立ち会いを決めた理由を、千葉さんはこう説明する。「死刑は究極の国家権力行使。適切に執行されているか、責任者として確認する必要があると考えました」。法務省の官僚に考えを伝えると、やや戸惑いを示したが、反対はしなかった。 2人が執行される様子は、執行室がガラス張りになっている立会人のスペースから見た。「流れるように手続きが進み、執行されました。死刑囚にも刑務官にも、考える時間を与えないようにしているのではと思いました」。死刑囚の体は死亡確認までの約20分間つるされたが、1人は落下した後、体がゆらゆらと揺れていたことを覚えている。 1人目が執行された後、立会人の検事や拘置所幹部らは別室に移動し、清掃や準備が終わるのを待ったが、誰も言葉を発しなかったという。 その経験から、死刑に対してどういった考えを持つようになったのだろうか。千葉さんは「感情のない無機質さに違和感を抱いた」と言う。 「人間の死が淡々と、予定調和で行われるのが死刑という刑罰なのだと思います。人間の感情や人としての営みを徹底的に排除し、整然と人間を死に追いやるのは、私には受け入れ難いことでした」