小売業はアミューズメントだ ドンキ流「買い場」づくりの哲学
35期連続増収・増益という猛烈な勢いで成長を続ける総合ディスカウント店「ドン・キホーテ」。運営会社のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の売上高は2024年に初めて2兆円を突破し、今や日本の小売業界では第4位の巨大企業だ。そんなドンキの素顔に、日経ビジネス・ロンドン支局長の酒井大輔氏が迫った『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』から一部抜粋してお届けする。 【関連画像】『進撃のドンキ 知られざる巨大企業の深淵なる経営』(日経BP)。ドン・キホーテの怒涛の35期連続増収増益を支えるのは、小売業界の王道「チェーンストア理論」に反旗を翻す、逆張り戦略。アルバイト店員に商品の仕入れから値付け、陳列まで“丸投げ”。現場が好き勝手やっているのに、しっかりと利益が上がるのはなぜか? 知られざる巨大企業の強さの源泉に迫る1冊 ●「物を売るな。空間を創造せよ」 ドンキでは伝統的に売り場のことを「買い場」と呼ぶ。売り場は店側から見た言葉で、来店客からすれば商品を買う場所だからだ。そして買い場づくりには明確な哲学がある。 それが、CV+D+A。 CVはコンビニエンス、Dはディスカウント、Aはアミューズメント。 つまり、便利さ+安さ+楽しさという3つの足し算で、買い場の魅力は決まるということだ。キラキラドンキなど特化型の店舗では、ここにT(トレンド)が加わることもあるが、CV、D、Aは全店共通の要素である。 PPIH上席執行役員CIOの軽部哲也氏は「最も重要なのはアミューズメント。一番なくしちゃいけない僕らのDNA」と強調する。ドンキといえば商品を高く積み上げる「圧縮陳列」が有名だが、それは買い場を楽しくする一つの要素にすぎない。 軽部氏が入社したとき、真っ先に教わったことが「物を売るんじゃない。空間創造なんだ。面白い空間ができれば、ついでに物が売れるんだ」ということだった。 これまで多くのチェーン店が追求したのは便利さ(CV:コンビニエンス)と安さ(D:ディスカウント)だった。結果的に、日本には世界に冠たるコンビニ店舗網ができ、イオンなどの総合スーパーは規模拡大で安さを競った。だが、人口減でコンビニは飽和状態となり、スーパーは円安と物価高で値上げを余儀なくされ、それぞれが成長の限界に直面している。 ドンキは3つ目の楽しさ(A:アミューズメント)を磨いてきたからこそ、チェーン店の限界を打破し、成長を維持できているとも言える。電子商取引(EC)が広く普及する中でも、テーマパークのように楽しい店だからこそ、わざわざ足を運んでもらえるのだ。 事実、これまで見てきた通り、ドンキには一つとして同じ店はない。外観のデザインも、店内のレイアウトも、並んでいる商品も、ポップの見せ方や陳列スタイルも千差万別だ。それは、マーケティングでいう4Pをすべて現場に任せているからである。 どんな商品(プロダクト:Product)を仕入れ、いくら(プライス:Price)で売るか。どういう販促(プロモーション:Promotion)をかけて、店内のどこ(プレイス:Place)で売るのか。社員はもちろん、「メイト」と呼ぶアルバイトに至るまで一人ひとりが考えて行動するからこそ、買い場に意思が宿り、店に個性が出る。 それは「この世に同じ人が2人いないのと理屈は同じ」(軽部氏)。 自分はこの商品を売りたいという強い思いがあれば、値下げをしてでも店内の最も人通りが多い場所に置いてみる。周辺に競合店があれば、店の判断で売価を変えて対抗する。マニュアルで縛られないからこそ、こうしたことがどの店でも普通に行われている。 どの商品に強い思いを抱くかは、人それぞれ。店員の個性もあれば、置かれている状況も店ごとに違うから、一つとして同じ店はできない。ドンキの店がどこへ行ってもお祭り感があるのは、店員の一人ひとりが最も面白いと思う空間を創造しているからだ。 通信簿は、店舗のPL(損益計算書)である。毎月10日ごろに前月のPLが発表され、予算に届いていなければ反省し、店長以下、現場で力を合わせて販売戦略を練り直す。 「四半期ごとではなく毎月振り返って一喜一憂する。非効率なようで、それを必ずやるから、ここぞというときに結果を出し切る短距離走に強いんです」(軽部氏) このように書くと、本部の意向を全く無視して店舗を運営しているように感じるかもしれないが、最低限の守るべきルールや評価基準は、社内でしっかり定めている。目指すゴールは、全店同じ。いつの時代もワクワク・ドキドキする、驚安商品がある買い場を構築することにあるからだ。