小売業はアミューズメントだ ドンキ流「買い場」づくりの哲学
賞味期限ならぬ「興味期限」
店そのものの“鮮度”を保つために考案したのは「興味期限」という概念。食品の賞味期限になぞらえ、半年間に一度も売れていない商品は、強制的に減損処理の対象とするという仕組みだ。 なぜ、導入したのか。それは、食品に比べて非食品の回転率が悪かったからだ。食品は賞味期限が来たら必ず処分しなければならない。販売できる期日が決まっているため、強制的に入れ替えが発生する。「だったら、非食品も販売期限を決めたらいいんじゃない、というのが発想の入口です」(軽部氏)。 食べられないので、賞味期限というと語弊がある。何かいいネーミングはないものか、と社内で雑談していたところ、「売れなくなるということは、顧客の興味がなくなったということ。興味期限でどう?」という意見が出た。「それ、いいじゃん!」と一同膝を打ち、採用が決まった。 興味期限に引っかかり、減損対象となった商品は社内で公開される。だからといって、すぐに廃棄するわけではなく、挽回するための猶予期間がある。対象商品を抱えたままでは店の利益が減ってしまうため、店員は必死に売ろうと知恵を絞る。値付けを変え、目立つ場所に移すなど、手を変え、品を変えて動く。 「すると、買い場がまた面白くなる。店の奥にあった商品が前に出ると、客にとってはサムシングニュー(何か新しいもの)に見える」(軽部氏) もともと売れなかったから興味期限の対象になったのに、売り方を工夫したら十分売れたという事例がごまんと出てきた。「それはそれで今まで何をやっていたんだ、という話になるんですが、それはしょうがないじゃないか、と」(軽部氏)。滞留在庫が減り、店の売り上げも上がる。まさに一石二鳥の成果をもたらした。仕入れの失敗をあえてさらす「しくじり市」も、在庫回転率を上げるための施策だ。 最近では「在利(ざいり)」という概念を評価制度に組み入れた。在利とは在庫当たりの利益のこと。在庫をたくさん抱えている店舗と、在庫が比較的少ない店舗が同じ利益を上げていたら、後者のほうが偉いという考え方だ。その効果はてきめんで、「どの店も過剰な在庫を持ちたがらなくなり、以前よりはスリムな経営になってきた」(軽部氏)という。 現場への権限委譲という大原則を守りながら、組織を活性化し、利益体質に変えていくにはどうすればいいか。たどり着いた答えが、興味期限のような遊び心のある制約を設けることだった。 制約というと絶対に守らなければならない決まりのように思うかもしれないが、ドンキでは買い場を面白くするためのゲームと捉えている。どのように攻略するかは個々人の自由とすることで、参戦するプレイヤー(店)が増え、自然と競争原理が働くことを狙っている。会社側が店の経営に深入りしないのは、ドンキのDNAであるアミューズメント感が薄れてしまうからだ。滞留在庫を抱えすぎるのはもちろんよくないが、「不稼働商品があるからこそ有機質な空間がつくれる側面もある」と軽部氏は指摘する。 ●「買い場」には無数の正解がある どういうことか。めったに売れない(動かない)商品が買い場の中に紛れ込んでいるからこそ、宝探しのようなワクワク・ドキドキ感を提供できるという意味だ。ドンキでは近年、オリジナル商品ブランド「情熱価格」の開発を強化しているが、どの店をのぞいても情熱価格が同じ値段で、同じような場所に陳列されていると金太郎飴のようになってしまう。 「なんでもかんでも売れ筋ばかりだったら無機質ですよね。滞留品があるからこそ、他の商品もついでに売れる。だから僕は、不稼働商品はドンキにとって絶対必要だと思っています」(軽部氏) 他ではなかなか見掛けない、いい意味で訳の分からない商品を数多くストックしているのが、ドンキの強みだ。在庫管理の最小単位をSKU(ストック・キーピング・ユニット)というが、ドンキの場合、全国の店舗在庫を足し合わせるとその数、何百万SKUにもなるという。昔は、麻雀牌を1個から売っていたこともあった。 「1個5円とかでばらして並べて。でも、なんか売れていましたよ。麻雀牌を売るぞと意気込む人もいれば、興味がないから売らないという人もいる。両方正解なんですよ。店の中に正解がいっぱいあって、それを誰も否定しない。いいなと思った取り組みは、まねをして取り入れればいい。すごく重要な文化だなと思いますね」(軽部氏) 米アマゾン・ドット・コムにも負けない品ぞろえをリアル店舗網で実現しようとするこの「非効率さ」こそが、ドンキを唯一無二の存在へと押し上げた。 「非効率が人気の源泉だ、と。こんなことやっている小売りは他にないんだ、と、僕らがそれを強みだと認識して誇りを持ってやれば、(在庫の多さは)大したコストにならない。在庫になるのを恐れず、アミューズメントを優先していくんだということを現場の人に自信を持って言ってもらいたいですね」(軽部氏)
酒井 大輔