ホスピス医が語る「人生最後の日」に人が望むもの、「この世を去る」前に気持ちの変化が訪れる
大切に育ててきた会社すらも失うことになってしまい、彼は「せめて子どもには、人間関係の大切さを、ちゃんと伝えたい」と思ったそうです。 この世を去る前に、本当に大切なこと、お子さんに伝えたいことがわかり、気持ちに変化が訪れたのでしょう。その患者さんはとても穏やかな表情になっていました。 ■老いて、病いを得ることで人生は成熟していく 「人に迷惑をかけるくらいなら、早く死んでしまいたい」 人生の最終段階の医療に携わって30年。私はこの言葉を、数えきれないほど耳にしてきました。
「人に迷惑をかけたくない」という思いに苦しむのは、元気なときに、自分の人生をしっかり自分でコントロールしてきた人が多いようです。 「自分は、こうでなければならない」という思いが強い人、「人に頼らない」を信念としてきた人、「努力すれば報われる」という信念を持ち、厳しい競争社会を闘い抜いてきた人……。そのような人ほど、人生の最終段階で、それまでの価値観がまったく通用しなくなり、アイデンティティを失ってしまうのです。
そして、「死にたい」と思うようになったり、自分をコントロールできないいらだちを、家族や医療スタッフ、介護スタッフにぶつけたりするようになります。 また、幼い子どもがいる親御さんや、会社を経営していた社長さん、財産がありすぎるお金持ちなども、苦しむ方が多いようです。この世に残していく子どもや会社、お金のことが気がかりで、「生きていたい」という思いが強いためです。 しかし、こうした患者さんたちも、苦しみ抜いた果てに、少しずつ自分が抱えていたもの、それまで頑なに守っていた信念などを手放し、他人にゆだねるようになります。
「自分で何でもできて当たり前」という思いや、「役に立たない自分は価値がない」という思いから解き放たれ、他人の世話になることを受け入れたり、子どもの行く末を誰かに託したり、会社やお金を後継者に譲ったりするようになるのです。 手放し、ゆだねる覚悟を決めた患者さんからは、怒りや悲しみ、焦りなどが少しずつ消えていきます。そのためには、ゆだねることのできる相手が必要ですが、それは必ずしも「人」でなくてもいいと私は思います。