難民問題で揺らぐ「シェンゲン協定」 廃止なら欧州にどんな影響がある?
ヨーロッパでいま、大きな焦点の一つになっているのが、シェンゲン協定です。この協定は締約国間でのヒトの自由な移動を保障するもので、日本での知名度はあまり高くありませんが、ヨーロッパ統合の一つの要でもあります。ところが、難民流入問題をきっかけに、このシェンゲン協定の存続が、いま危ぶまれています。シェンゲン協定が崩壊すれば、「一つのヨーロッパ」の理念に傷がつくだけでなく、ヨーロッパに大きな経済的損失をもたらし、果ては世界全体のパワーバランスにも影響を及ぼしかねません。 【写真】米中ロ「新大国時代」高まる摩擦 現代史の転換期
シェンゲン協定とは
まず、シェンゲン協定についてまとめます。シェンゲン協定の内容には、大きく以下の2点が含まれます。 (1)シェンゲン協定に参加する各国(シェンゲン領域)以外からシェンゲン領域に入る渡航者に、ビザ発給などで共通の基準を設ける。 (2)シェンゲン領域の内部での、パスポートなしでの移動が原則的に認められる。 つまり、シェンゲン協定はヒトの出入りの管理を共通化し、域内での自由な移動を保障するものです。締約国によっていくつかの例外規定はあるものの、この点においてシェンゲン領域はあたかも一つの国家のようになっているのです。 シェンゲン協定は1985年にフランス、西ドイツ(当時)、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの5か国の間で、第一次協定が結ばれました。これに基づき、1993年にEU(ヨーロッパ連合)が発足した2年後の1995年、シェンゲン協定が実施され始めたのです。自由移動の対象には、日本人を含む外国人の短期滞在者も含まれます。シェンゲン協定は共通通貨ユーロとともに「一つのヨーロッパ」のシンボルでもあり、2016年2月現在、EU非加盟のスイスやノルウェーを含む26か国で適用されています。
シェンゲン協定の動揺
ところが、そのシェンゲン協定が、崩壊の危機にさらされています。きっかけは、シリア難民の大規模な流入にありました。 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、激しさを増すシリア内戦を逃れた難民は2015年末までに約460万人にのぼり、このうち約90万人がヨーロッパに流入しました。その多くは、地中海沿岸のギリシャやイタリアからヨーロッパに入り、難民の受け入れに積極的とみられているドイツや北欧諸国を目指して、陸路で移動します。 当初、ヨーロッパ諸国は人道的な観点から難民を受け入れていました。しかし、多くの国は徐々に、難民の受け入れに消極的な姿勢に転換。その背景には、 ・難民の数がこれまでになく多いこと、 ・もともとヨーロッパ各国自身が経済的に停滞しており、自国民の社会保障の削減などを迫られる状況にあること、 ・そのなかで外国人排斥を叫ぶ極右政党が台頭してきたこと、 ・難民による犯罪が目立ち始めたこと、 ・2015年11月のパリ連続テロ事件の実行犯にシリア難民が含まれていたように、難民にまぎれて過激派組織「イスラム国」(IS)メンバーが流入することへの警戒が強まったこと、 などがあります。 特にドイツで、2015年の大晦日にケルンで発生した379件の暴行事件の犯人のほとんどが移民・難民だったことをきっかけに、難民の受け入れに積極的なメルケル首相など政府に批判的な意見が急速に広がったことは、ヨーロッパの空気を象徴します。