難民問題で揺らぐ「シェンゲン協定」 廃止なら欧州にどんな影響がある?
シェンゲン協定崩壊の危機
シリア難民の大量流入は、シェンゲン協定を見直す動きを生んでいます。 現状では難民が「最初に到着した国」が難民認定申請に責任を負うことになっていますが、それでは地中海に面したギリシャやイタリアの負担が大きくなりがちです。そのため、EUの実務を担う欧州委員会は、加盟各国の経済規模に応じた難民保護の分担を提案しています。しかし、国内で高まる外国人排斥の声に押されて、とりわけ2000年代になって後からEUに加盟した中・東欧諸国では、これを拒む国が続出。特に難民の移動ルートにあたり、与党が反移民を掲げるハンガリーは国境を封鎖する強攻策に出ました。 ハンガリーへの批判はEU内部でも高まっていますが、ヒトの移動の制限はEUの中核を占める西欧諸国にも広がっています。今年1月末までに、ドイツ、フランス、デンマーク、スウェーデンなどが、6か月の期限付きで入国審査を再導入。シェンゲン協定第26条では、「例外的な状況」において協定加盟国には最長2年間、国境での入国審査を再導入することが認められており、これら各国の対応は、この条項に沿ったものです。しかし、これによってヒトの自由移動というシェンゲン協定やEUの理念が後退したことは確かです。 各国が個別に国境管理を強化するなか、1月19日にEUのトゥスク大統領は、「国境管理を適切に管理できなければ政治的プロジェクトとしてのEUは失敗する」と述べ、危機感を露わにしました。そのうえで、3月17、18日に開かれるEU首脳会合が事態収拾の最後のチャンスであり、これで成果がなければシェンゲン協定が崩壊しかねないという認識を示したのです。
シェンゲン協定が崩壊したら
シェンゲン協定が崩壊したら、どうなるのでしょうか。 まず、ヨーロッパ経済への悪影響が指摘されています。フランス政府系機関の調査によると、シェンゲン領域の各国が今後とも国境管理を厳格にした場合、観光や物流が影響を受け、その損失額は向こう10年間で約1100億ユーロ(1200億ドル)にのぼるとみられます。 さらに重要なことは、国内世論を背景に各国政府が国境管理を厳格化するなかで、ヒトの自由移動という理念が有名無実化することで、EUの求心力が低下しかねないことです。 冷戦終結後、ヨーロッパ各国はEUとして結束することで、米国に対しても一定の発言力をもち、米国とともに国際秩序を形成してきました。しかし、ギリシャ債務問題などを契機に、既にヨーロッパ諸国の停滞は明らかです。それにともない、加盟国の間では、事態に対応しきれないEUへの不信が広がっています。なかでも英国では、2016年6月にEU離脱を問う国民投票が予定されています。