《自宅か施設か》認知症の家族を自宅介護するときの心得「お風呂での“失敗”が始まったら施設入居の心構えを」
施設入居のボーダーラインはトイレの失敗
7段階あるアルツハイマー型認知症の症状だが、自宅介護を続けるうえで避けて通れない問題が、自宅介護を続けるか、施設に入居させるのか、ということ。大家族が減り、核家族化が進んだことで、介護の負担は昔よりもはるかに大きくなっているのが現状だ。 「精神的に追い詰められて介護うつになってしまったり、『この人さえいなければ』と憎しみすら芽生えてしまったりしたら、『雨』を通り越して『嵐』です。そうなる前に、私は、ある時期が来たら、施設への入居も視野に入れ始めることを提案しています」 ◆流し忘れや着衣の乱れ、拭き残しが最初 施設への入居を決めるタイミングはさまざまだが、トイレの失敗が起こり始めたときに自宅介護の限界を感じる家族が多いという。 トイレの失敗といっても、「いきなり放尿や便いじりが始まるわけではありません」と川畑さん。 「最初は、排尿・排便の流しそこねから始まり、ズボンをきちんとあげられなかったり、裾が出ていたり、拭き残しが下着に付くようになります。順番には個人差がありますが、同じ時期に起こりやすいので、よく見ておくことが大切です」 ◆自宅介護の限界を感じさせる「弄便」 スムーズにトイレを済ませることができなくなると、やがて尿失禁や便失禁が始まり、最終的には便を素手で触ったり、食べ物と間違えて口に入れてしまったりする「弄便(ろうべん)」をするようになることもある。 「こうした姿を見たご家族のショックは計り知れません。元気なときを知っているからこそ、その落差に打ちのめされてしまいます」 他の症状と違って衛生面からも耐えがたい排泄にまつわる行動は、慣れることができないため、自宅介護の限界を感じて施設入居を決めることが多いという。
入浴の失敗が始まったら心構えを
川畑さんは、トイレの失敗の前に起こる、シャンプーとコンディショナーを間違える、入浴後に髪を乾かせない、パジャマに着替えられないといったお風呂の失敗が施設入居の心構えと準備をする段階だと話す。 「入浴は認知症の人にとって、実は複雑な作業の連続です」 認知症の人が入浴を嫌がりはじめる理由には、手順への不安に加え、距離感覚や目測の判断力が低下して深さがわからなくなることなどがある。 川畑さんが入浴の相談にのった家族は、お風呂での失敗のあとにやはりトイレの失敗が増えていったというが、事前に話を聞いて心構えと準備ができていたことで便失禁が始まる前に施設に入居することができたという。 「今まで頑張って介護してきたから、最後まで頑張らなきゃ。そんな頑張りすぎる家族がもっとも疲弊しやすい傾向にあります。『さぁ、施設を探そうか』と思っても、実際の入居までには時間がかかりますし、さらに体力や精神力はすり減っていきます」 自宅介護の限界を感じてからではなく、心構えをして少し早めに動いておくことが、介護する家族の負担を減らし「晴れ」を増やすために重要ということだ。 ◆教えてくれたのは:理学療法士・川畑智さん かわばた・さとし。理学療法士。熊本県認知症予防プログラム開発者。株式会社Re学代表。1979年、宮崎県生まれ。理学療法士として、病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立し、熊本県を拠点に「脳いきいき事業」を展開。さらに、脳活性化ツールの開発に携わったり、講演活動を行ったりしているほか、メディア出演や著作も多数。 ◆監修:脳心外科医・内野勝行さん うちの・かつゆき。脳神経内科医。医療法人社団天照会理事長。金町駅前脳神経内科院長。帝京大学医学部医学科卒業後、都内の神経内科外来や千葉県の療養型病院を経て、現在は金町駅前脳神経内科の院長を務める。脳神経を専門として、これまで約1万人の患者を診てきた経験をもとに、薬物治療だけでなく、栄養指導や介護環境整備、家族のサポートなどを踏まえた積極的な認知症治療を行っている。著書に『1日1杯 脳のおそうじスープ』(アスコム)など。