アメリカ軍にとって、日本は「国境が存在しない国」だった!…日本が渡してしまった「ヤバすぎる特権」
米軍を「配備する権利」
それはいったい、どういう意味なのか。まず「配備する権利」の方から見てみましょう。 この条約で日本が認めたのは、アメリカが日本に「基地を置く権利」ではなく、「米軍を配備する権利」だと書かれています。 しかし、これは普通の条約では、絶対ありえないはずの言葉なのです。 私たち日本人はそのあたりの感覚がほとんど麻痺してしまっているのですが、世界の常識からいえば、そもそも自国のなかに外国軍が駐留しているということ自体が完全に異常な状態であって、本来ならそれだけでもう独立国とはいえません。 万一やむをえず駐留させるときでも、ギリギリまで外国軍の権利を条文でしばっておかなければ、国家としての主権が侵害されかねない。そうした非常に危険な状態だということを、そもそもよく認識しておく必要があります。 そのことは、第二次大戦以前はアメリカの本当の植民地だったフィリピンが、戦後、アメリカとどのような取り決めにもとづいて基地を提供していたかを見れば、すぐにわかるのです。 1947年に結ばれた「米比軍事基地協定」(1991年に失効)には、米軍がフィリピン国内に基地を置いていいのは次の23ヵ所であると、その場所がすべて具体的に明記されているからです。 ところが日本の場合は、特定の場所を基地として提供する取り決めではなく、どこにでも米軍を「配備」できることになっている。これを「全土基地方式」といいます。 いま初めてこの言葉を聞いた方は信じられないかもしれませんが、これはすでに沖縄を中心とした長い研究の積み重ねによって証明されている、紛れもない事実なのです。
三重構造の「安保法体系」
「はじめに」にも書いたとおり、米軍は日本の国土をどこでも基地にしたいと要求することができます。そして日本はその要求を事実上、断れない。 そうした現状をもたらす根拠となったのが、旧安保条約時代のこの第1条なのです。 さらにはこの「軍を配備できる」という言葉には、「どこにでも基地を置くことができる」という以上の意味があって、その基地を拠点に自由に軍事行動(戦争や軍事演習)を行うことができるという意味も含んでいるのです。 この旧安保条約・第1条を根拠として、米軍が日本の国土のなかで、日本の憲法も国内法も無視して、 「自由にどこにでも基地を置き」 「自由に軍事行動をおこなう」 ことを可能にする法的なしくみが、つくられることになりました。 それが次ページの、 「旧安保条約」⇨「行政協定」⇨「日米合同委員会」 という三重構造をもつ、「安保法体系」だったのです(「行政協定」とは「旧安保条約」の下で米軍が、日本国内で持つ特権について定めた協定。1952年4月の占領終結とともに発効し、1960年の安保改定で「地位協定」に変更された)。