2009年ロンドンG20でイギリス政府通信本部が仕掛けていた諜報活動
◇国際会議はポーカー的な駆け引きをする場所 茂田:より具体的な話としては、このG20において、ロシアのメドヴェージェフ大統領(当時)とモスクワ間の電話を傍受したというエピソードもあります。メドヴェージェフ大統領は、重要事項に関してモスクワと通話して確認していました。 もちろん、それは当時ロシアが持っていた最高の暗号化通信によって行われていましたが、GCHQはその通話の傍受解読レポートをNSAから提供されて、イギリス代表団に渡すことができたそうです。 つまり、アメリカNSAはこの当時、ロシア最高の暗号通話を解読できていたということです。また、当時の参加国の一つである南アフリカの外務省のシステムに、GCHQが事前に侵入して、G20に出席する代表団の対応要領を入手していたという話もあります。そのお陰で、南アフリカの対応方針を事前にイギリス代表団にブリーフィングできたのだとか。 その他、よくわからない動きをしていたトルコ代表団に対しては、随行団員もターゲットに含める徹底的な通信傍受体制を敷いて、しっかりと情報収集したという話も漏洩資料に出ています。 江崎:当時、G20でこれをやっていたということは、イギリスはその他いろいろな会合でも同じような体制をとってやっているということですよね。 茂田:その通りです。国際会議や交渉はどんなものであれ、参加各国の利害の違いが基底にあります。そのため、一定程度はポーカーゲーム的な色彩を帯びるわけです。ポーカーでは、自分の手札を秘密にしたまま、他の参加者の手札を知ってゲームをすることができれば、圧倒的に有利になります。 そのためにインテリジェンス機関は、重要な国際交渉に際しては、当然相手の手札、手の内を探る活動をしているのです。相手の手の内を見ながら交渉する。これがインテリジェンスの任務です。前述の通り、イギリスはそれをやっているわけですが、当然、アメリカだってやっています。 江崎:アメリカが対外交渉に強いのも、こうしたインテリジェンス、具体的には相手国首脳の通信を傍受、はっきり言えば盗聴をして、相手の手の内を知っているからですね。 茂田:その通りです。アメリカの大統領が首脳会談をする際には、事前に外国の首脳の手札、手の内がどのようなものか、相当のブリーフィングを受けているのです。ですから、2013年にスノーデンによる情報漏洩で大騒ぎになり、インテリジェンス、特にNSAがアメリカのマスメディアから袋叩きに会いましたが、時のオバマ大統領はインテリジェンスを擁護しました。大統領自身が最大の受益者だからです。 驚くべきことに、2007年にアメリカのアラスカ州で国際捕鯨委員会(IWC)年次総会開催されたのですが、そのアメリカ代表団に対しても、NSAが前述のGCHQと似たような情報支援を行っています。 我々の感覚で言うと、「捕鯨なんて、もはやアメリカの国益の中核ではないだろう」と思ってしまいますが、実際はそんな分野までシギント機関が支援しているのです。そういう世界だということですね。
江崎 道朗,茂田 忠良