変貌するアメリカの政治報道 保守・リベラル両極への「分極化」進む 上智大学教授・前嶋和弘
なぜ「メディア分極化」が進む?
では、客観報道を重視しているアメリカでなぜ、そもそも左右のイデオロギーに加担した政治情報の提供が進んでいるのでしょうか。その背景にあるのが規制緩和です。1934年に成立した「連邦通信法(Federal Communication Act of 1934)」では、公共の放送における政治についての情報が公正なものであるべきであるという「フェアネス・ドクトリン(公平原則)」が導入されました。例えば、テレビやラジオで政治関連の内容を取り扱う場合、2大政党やその党の候補者にほぼ同じ時間を割いて報道させることが義務付けられていましたが、規制緩和の流れの中で1987年にフェアネス・ドクトリンが撤廃され、メディア側の自由裁量部分が大きくなっていきました。規制緩和によるコンテンツの自由度が広がるとともに、イデオロギー色が強い政治情報提供も可能となりました。 また、衛星・CATVの普及をきっかけとしたテレビの多チャンネル化のほか、インターネットの爆発的な普及があり、多様な情報を提供する一環として、これまでの「客観」報道を超えて、リベラル・保守のそれぞれの立場からの情報発信が試みられることになったといえるかもしれません。一方で、それぞれのメディアが生き残り戦略を急ぐ必要に迫られます。マーケティング技術の定着でメディア界全体がユーザーごとにセグメント化される中、雑誌と同じように、政治報道も「ニッチ市場」の開拓を目指し、政治情報の内容を分けて提供するようになったと考えられるかもしれません。いずれにしろ「メディアの分極化」に至る土壌が成立していきました。
「分極化」が米政治全体に与える影響
「メディアの分極化」でアメリカの政治過程は大きく変化しつつあります。選挙においては、候補者や政党選挙においては自らに好意的なメディアと親密になり、否定的な報道については「偏向」を指摘します。候補者や政党は「味方のメディア」と「敵のメディア」を峻別し、提供する情報の内容を大きく変えつつあります。また、大統領や連邦議会、官僚は効果的なガバナンスを希求する一環として、少しでも自らにとって有利な報道をするメディアを厳選する傾向にあるのも否めません。各種利益団体や一部のシンクタンクも、特定のメディア機関と親密な関係作りを狙っています。さらに、左右のメディアは、ここ数年の左右の政治運動が拡大していく際の政治的なインフラとなっている点にも特筆できます。