「名画の感想を述べるのは日本人だけ」 西洋美術の正しい鑑賞方法とは?
欧米ではなぜ「西洋美術史」がエリートの必須の教養になっているのか
英国のウィリアム王子とキャサリン妃の出会いは、西洋美術史の授業だったというように、欧米では美術史はエリートたちには欠かせない教養のひとつになっている。その理由は、最も知的で無難な話題が「美術」だからだという。 「欧米の社交の場で美術の話題が出たときに、気をつけたいのが『好きなアーティストは誰ですか?』という質問です。“踏み絵”ともいえるこの質問に、安易な答え方をしてしまうと、教養のない人と思われてしまうことも。フランスでそれを聞かれると、私はニコラ・プッサンと答えています」 ニコラ・プッサン(1594-1665)とは、フランス古典主義の美術論の規範となった画家で、「絵画制作において、感覚に訴える色彩ではなく、知性と理性に訴えることができるフォルムと秩序に基づいた安定した構図を重視すること」を訴えた。木村さんも著書の中で「プッサン知らずして、フランスの美を語るなかれ」と書いている。 またビジネスシーンでは、形式的な話しかしない取引先として終わるか、パートナーとして扱われるかは、こうした教養を問われる話題にどう対応できるかがかかわってくる。 「とくに駐在などの場合は、向こうの方とのお付き合いは夫婦単位になりますよね。そのような場面ではビジネスの話を普通しません。美術だけでなく芸術全般の話におよぶこともあります。舞台の種類によって教養のあるかないかが出ますので、場をわきまえて話さないと“俗っぽい”という印象を与えてしまいます」 日本やアジア圏では就職に直結する教育を選択することをよしとする風潮があるが、欧米の真のエリートは、じっくり教養を磨いてから社会に出ることが多いのだ。
日本美術の基準で、西洋美術は語れない
日本で開かれる西洋美術の企画展はどれも大盛況で、とくに人気のある展示会は何時間も並んで入場するのもいとわないというファンも多い。しかし、そんな愛好家でさえ、「もったいない見方をしている」と木村さんはいう。 「よく日本人は筆づかいや絵の具の重ね方がすばらしい、などと感性で美術品について語ろうとします。それは日本の美術品の多くが工芸品であり、装飾品であるため、西洋美術とはアプローチの仕方が違うからなのです」 西洋では職人が作る工芸品や装飾品は実用品であり、美術品とはみなされない。美術品にはメッセージが込められていると考える西洋と異なり、日本ではもともと工芸の文化が根付いていて、造形美を重要視する傾向がみられる。そのため、日本では芸能人など、専門家ではない人が西洋美術に関してコメントすることは珍しくない。あるテレビ番組で、著名人が神話画に描かれている「キューピッド」を「天使」と堂々と語っていた姿が恥ずかしく思えたこともあると木村さんはいう。 「美術評論と美術史を一緒にしてしまうのが日本。日本では個人が感想を述べるのは当たり前になっていますが、欧米ではそれを聞いたところで鑑賞の参考にすることはまずありません。何が美しいのかを学ぶのが美術史であり、好き嫌いを語るものではないからです」 欧米では小さな子どもたちの美術館見学に際しても、学芸員か教師が解説をしながら引率するのがふつうだ。また、木村さんが、米国の大学で西洋美術史を専攻中に、日本美術史のクラスを取った際には、教授から「いままで学んだ西洋美術史のことは一切忘れるように。そうでなければ日本美術史は絶対に理解できない」と釘を刺されたそうだ。 それだけ違う西洋美術と日本美術。日本美術の基準で、西洋美術を語ると、ときには恥をかくことになりかねないのだ。