放送界の先人たち・岡田太郎氏~“昼メロ”の生みの親が明かす誕生秘話~【調査情報デジタル】
大山 今はもうほとんどそうですね。 岡田 そうですね。 大山 あの時は本当に、あの時間帯の番組と岡田さんの手法が話題になりましたね。そういう意味では、放送史に残る番組を作られたことになりますね。 岡田 ええ。 大山 それから、今伺っていると、発想がユニークですね。普通のドラマの専門家が考えるものとちょっと違って、たとえば最初にミステリーをやってみようとか。それから昼メロというのは、それはラジオの経験者ということもありましょうけれども、少し発想が斬新ですね。 岡田 違うかもしれないですね。 大山 それが優れた業績を残されたことにつながっている気もしますね。ドラマ好きな人は「ドラマ馬鹿」と言っては悪いのだけれど、ディテールに非常にこだわったり、昔の原作ものは、原作がお芝居、戯曲だったりして、なかなかそこから抜けきらない。 ■「クローズアップ」は「顔」だけではない 岡田 しかし一つ、全然くだらない話ですが、昔のことで記憶がはっきりしていないけれど、確かに影響を受けたと言えば、「悲恋」※という映画がありました。 ※「悲恋」1943年のフランス映画(日本公開は1948年)、脚本:ジャン・コクトー、監督:ジャン・ドラノワ、出演:ジャン・マレー、マドレーヌ・ソローニュほか。トリスタンとイゾルデ伝説を現代化した物語。 フランス映画で、ジャン・マレーが主演です。主人公が、自分の好きな女を誘い出して逃げるのです。高い山の上に山小屋があって、そこへ女性を連れて来て「自分が食料を買いに下の町まで行くから、必ずここにいるように」と言って、山を降りるわけです。ところがその間に、女性は連れ戻されてしまう。それを知らずに、彼が食料を持って山へ帰ってくる。 当時の記憶では、山小屋の扉をバーンと開けて中に入って、女性の名前を呼ぶわけです。ところが、普通だとそこで探している所が映るわけじゃないですか。それが全然そうではなくて、周りの連山をバーッとカメラがパーンしていくわけです。そこへ、「ナタリー!」という声だけがかぶる。探している所は全然映らないのに、ダーッと山が映っているのが妙に印象的で非常に頭にあったのです。 だからテレビで実際にやる時に、それが妙に頭にこびりついていて、ああ、これなんじゃないかと。当時は今のように編集が効かないし、山もないし、海もないし、あれなのだけれども。 つまり人間が何かをするという表現ではなくて、何かそこにある物とか手とか足とか、そういうことで表現にプラスアルファを求めたいという意識がすごくあって、手のアップとか、そういうものが非常に多かったわけです。あまり顔を映さないで、手ばかりで芝居をさせるとか。それはその影響みたいな、残影が残っていたのです。何か違うことをやってみたいということで、非常にやったのをよく覚えています。