言語学者に聞く「炎上しない・人を傷つけないテキストコミュニケーションの方法」とは?
言語学者である尾谷昌則さんに、テキストコミュニケーションについてお話を伺うシリーズの最終回。今回は誰かを傷つけてしまうリスクを避けるためにも、理解しておきたいポイントについて教えていただきました。 現代人の課題「コミュニケーション」を深掘り(画像)
■誰かを傷つける可能性があるトピックを知る ──これまで伺ったテキストコミュニケーションの特性を踏まえたうえで、誤解はもちろん、誰かを傷つけてしまうリスクをできるだけ避けるために、理解しておくべきことはありますか。 尾谷さん かつてX(旧Twitter)が流行ったときに「一億総評論家時代」と言われました。特にSNSは誰もが評論家気取りでものを書けてしまいますが、評論にも人を傷つけるものと、そうでないものがある。その分かれ道は、誰かを傷つける可能性があるトピックには触れないということ。 外見などを含め、世界共通でセンシティブなトピックはたくさんあります。私たちは、この地球に生きる人間としてそういう事例や世界の動向を理解しておかなければいけないのですが、悲しいかな日本はまだまだ遅れています。まずは、人を傷つけるトピックにどんなものがあるのかを知るということが大切だと思います。 ──それは言葉選びにも通じることですね。 尾谷さん そうですね。言語学の世界には、「PC(ポリティカルコレクトネス)」、直訳すると「政治的に正しい」と考えられる語句や表現があります。例えば、「看護婦」ではなく「看護師」を使うといったことですね。性差別の問題も含めて、センシティブなトピックを扱う際の基礎となる言葉を一通り理解し、言い換えを知っておくことはとても重要だと思います。 理想的なのは、言い換えを自分で考えられるようになること。言い換えの事例を暗記するだけでは応用力が身につかず、「何故言い換えが必要なのか」という根本がよくわからないままになってしまうので。 ■名詞ひとつでラベリングしない ──言い換えを身につけていくうえで、特に意識したほうがいいことはありますか? 尾谷さん 言語学の世界では、一語にまとめられた名詞ほど差別的な意味が生まれやすいと言われます。日本でも、かつて耳が聞こえない人や足が不自由な人に対して差別的な俗称が使われていましたが、それらも単語一語でした。 ──確かに、一人一人の状況を無視して、ひとくくりにまとめてしまうのは乱暴な気がします。 尾谷さん 名詞というのは、物理的なものだけでなく、世の中に存在するものすべての名前を表す品詞で、名前をつけることによってさまざまなものを「分類」、英語でいうと「カテゴリ化」しているわけです。世界にある知識や物体を整理して、言葉でラベルを貼っていくようなイメージですね。 例えば、いわゆる“健常者”と、“少し体が不自由な人”がいた場合、差別用語を使うことで“普通の人”と“それ以外の人”というふうにカテゴリ化する。そういう言葉が生まれること自体が差別であり、差別するからこそ新しい名前がつけられてしまうという側面もあると思います。ですから、最近は「足が不自由な人」「耳が不自由な人」のように、複数の単語を組み合わせて客観的に説明することで差別をなくそうという考えが広がっています。 ──名詞がラベリングにつながるという事実に、私たちはもっと自覚的になる必要がありますね。 尾谷さん 同じような例でいうと「意識高い系」という言葉もそうですね。「意識が高い人たち」という意味を無理やり一語にまとめることで、差別的なニュアンスが出てきてしまう。実はこういう言葉っていろんなところにあるけれど、その仕組みを知っておけば「こういうときに、この言い方をしてはいけない」と自分なりに考えられるようになると思うんですよね。 ■言い換えや“迂言形”を意識して取り入れる ──単語一語の簡潔さもあるかと思いますが、そうした言葉は流布しやすいイメージがあります。そもそも名詞というのは、比較的脳でキャッチしやすい品詞なのでしょうか。 尾谷さん それはあると思います。複数の言葉を組み合わせた表現は「迂言形」と言われ、「迂=遠回り」という意味のとおり、少しまわりくどい表現になります。理解するときも、複数の単語をひとつひとつ頭の中で処理して、ひとつの概念としてまとめるプロセスが必要なので、どうしても一語に比べると頭に入りづらいでしょうね。 ──メディアも、「きれい系」「かわいい系」「モテ」などの名詞で分類してきた歴史があります。 尾谷さん 雑誌などは短い言葉で、素早く情報を伝えないと読んでもらえませんから、迂言形で表現していたらきりがないですよね。短い言葉は、正確ではないけれどもキャッチーな部分だけがショートカットで伝わりますが、迂言形は言葉の数が多い分、より正確な情報が伝わります。 ■怒りやモヤモヤはいったん寝かせる ──お話を伺っていると、具体的な文章の組み立て以前に、あらゆる場面でいったん立ち止まることが必要なのだと感じました。では最後に、冷たい印象になりがちなテキストだからこそ、誤解が生じたときはどう対処したらいいのでしょう? 尾谷さん お互いにプライドがあると引くに引けない場面も出てくると思いますが、顔が見えない画面上でモヤッとしたときに、その鬱憤をテキストで晴らそうとするのは大惨事のもと。まず、「顔を突き合わせた状態でも、この人に同じことを言えるかな」と考えることだと思います。 それから私もよく実践するのが、「6秒待つ」というアンガーマネジメントの手法のひとつ。メールなどに限らず、自分にとって嫌なことは一晩ぐらい寝かせる心の余裕があってもいいのかなと。私はそうやって時間を置いている間に、頭の中でいろいろシミュレーションしてから返信することが多いですね。 ──相手によっては「すぐ返信しないと失礼になるかも」と焦るかもしれませんが、よほど緊急でないかぎり、数時間寝かせるぐらいは問題ないことも多いですからね。 尾谷さん そうなんです。言葉というのは、一度言語化すると人の記憶に残り続けるので、たとえ後からメッセージを削除しても、読まれてしまったらもう後には引けません。ですから、時にはしばらく言語化しないというのもひとつの選択だと思います。そうすると、相手も「もしかしたら言いすぎたかも…」と考えるかもしれない。以前お話ししたタイムラグを敢えて作るわけです。これはある意味、テキストコミュニケーションのメリットだと思います。 言語学者 尾谷昌則 法政大学文学部日本文学科教授。専門は言語学。特に若者言葉・新語・ネット語に代表されるような現代日本語の変化について、意味論・文法論・語用論の観点から多角的に研究している。日本言語学会評議員。日本語用論学会評議員。共著書に『構文ネットワークと文法』(研究社)、『対話表現はなぜ必要なのか ―最新の理論で考える―』(朝倉書店)、『はじめて学ぶ認知言語学 ことばの世界をイメージする14章』(ミネルヴァ書房)など。 イラスト/三好愛 構成・取材・文/国分美由紀