デジタルシフト強める文藝春秋がめざすもの
『ハンチバック』の社会的インパクト
文藝春秋の社名はもともと、文芸と春秋つまりジャーナリズムとを合わせたものだ。両輪のもう一方、文芸部門については、花田朋子文藝出版局長に聞いた。 「2023年の話題と言えば、第169回芥川賞を受賞した市川沙央さんの『ハンチバック』ですね。社会的インパクトも強く、久しぶりに23万部を超えるベストセラーになりました。 もともと文學界新人賞の受賞作ですが、一編で書籍化するには短いので、単行本にするかどうかは迷いました。結局、大きな話題を呼んでいたこともあって、芥川賞候補になった段階で刊行しました。芥川賞受賞作が文藝春秋から出たのも2年ぶりでしたが、『ハンチバック』は気迫とユーモア、高い文学性と社会性のある作品だったと思います。 第169回直木賞は2作同時受賞でしたが、そのうちの1作、垣根涼介さんの『極楽征夷大将軍』も文藝春秋の作品でした。2段組の分厚い本なので、なかなか買ってもらうハードルが高いかと思いましたが、主人公の足利尊氏を〈やる気〉も〈才能〉もいらない、支えてもらうリーダーのあり方として提示したのが、ビジネスマンを中心に支持されて、8万5000部超のヒットになっています。 そのほか、2023年は住野よるさんの『恋とそれとあと全部』、奥田英朗さんの13年ぶりのドクター伊良部シリーズの新作『コメンテーター』、22年11月刊で本屋大賞候補になった一穂ミチさんの『光のとこにいてね』も好調でした。ただ、かつてに比べて10万部の壁がなかなか超えられないのがもどかしいです。 12月現在、大きな期待をかけているのは7月刊の米澤穂信さんの『可燃物』です。年末に『このミス』『ミステリが読みたい!』『週刊文春ミステリーベスト10』のミステリーランキング三冠を獲得しました。シリーズ化も期待できそうですし、この作品はさらに大きく売り伸ばしたいと思っています」 翻訳ものでは世界的話題となったウォルター・アイザックソン著の『イーロン・マスク』が9月に刊行されている。「『イーロン・マスク』は上下各10万部で刊行しました。翻訳ノンフィクション本2023の1位に決まったという知らせも届いています」(花田文藝出版局長) 文芸部門の最近のトピックも聞いた。 「ひとつは『文學界』が9月から電子化に踏み切ったことです。特集や掲載作がSNSで話題になることも多いので、若い人たちが読みやすいように、スマホでも読めるリフロー型で電子化しました。 もうひとつ、これまで文藝局は、大きく分けて第一文藝部が純文学、第二文藝部がエンタメの小説を刊行していたのですが、作家専業でない方の本や、既成のジャンルに括(くく)れない作品にも対応していくために、『別冊文藝春秋』編集部を抱合するかたちで新しく第三文藝部ができました。12月6日に世界的ピアニストの藤田真央さんの新刊『指先から旅をする』が出て、すぐに重版がかかりました。今後も新しいチャレンジとなる本を出版していきたいと思っています」(同)