書籍のヒット連発で新潮社この1年の好調 長岡義幸
この1年、新潮社は書籍のヒットが続いた。芥川賞・直木賞の同時受賞、直木賞の二期連続受賞、さらに村上春樹さんの新作も。文庫のヒットもあり、コミック部門も好調だ。(編集部)
2023年は書籍で多くのヒットが…
新潮社の取材の窓口は、2022年から広報担当の執行役員、三重博一さんにお願いしている。2023年も経営面の業績、書籍や雑誌などの出版物の動き、社内の取り組みなどを説明してもらった。 実は、三重さんをはじめて取材したのは、2003年4月に刊行を開始した新潮新書の創刊編集長としてだった。「文芸出版社としての伝統と独自の雑誌ジャーナリズム、そのエッセンスと蓄積を生かした新潮社らしい新書にしたい」と、三重さんの意気込みを伝えていた。 三重さんにあらためて新潮新書について尋ねると、「もう創刊から20年なんですね。市場が徐々に縮小する中で毎年健闘していると思います」と振り返った。 創刊20周年の23年4月には『目的への抵抗』(國分功一郎著)、『2035年の中国』(宮本雄二著)、『不老脳』(和田秀樹著)、『国難のインテリジェンス』(佐藤優著)といったタイトルが並んだ。新潮社らしいラインナップだ。2月刊の『脳の闇』(中野信子著)が14万部、11月刊の『大常識』(百田尚樹著)が10万部のヒットとなっている(以下部数は12月現在)。 では、新潮社のこの一年の業績はどうなのだろうか。 「数字的には前年よりよかったです。ほんとうにいろいろな作品に恵まれ、書籍で多くのヒットが出ました。おかげさまでよい年だったと思います」 『週刊新潮』を筆頭に、雑誌が厳しい状況は相変わらずだが、文芸書にヒット作が相次ぎ、底上げになっているという。 文芸書の好調さを象徴する出来事は、23年1月、芥川賞に佐藤厚志「荒地の家族」(『新潮』22年12月号)、直木賞に千早茜『しろがねの葉』が選ばれたことだ。新潮社にとって芥川賞と直木賞の同時受賞は26年ぶりだという。 単行本化された『荒地の家族』は4刷7万5000部、『しろがねの葉』は4刷6万9500部に到達した。さらに永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(5刷8万500部)が7月、直木賞に選ばれた。同書は直前に山本周五郎賞も受賞している。 「芥川賞と直木賞の同時受賞はもちろん、直木賞の二期連続受賞もそんなにあることではない。光栄なことであり、ありがたいことでした」 この間、村上春樹の6年ぶりの長編新作『街とその不確かな壁』も4月に刊行した。デビュー翌年の1980年に「文学界」に発表したものの、書籍化されていなかった中編小説「街と、その不確かな壁」が核となっており、村上ファンの関心が高まっていたタイトルだ。現在、3刷38万部となった。 20年以上の歴史があり、新潮社内の女性有志が運営する短編小説の新人賞「女による女のためのR-18文学賞」も定着し、21年度の大賞受賞作を含めた短編集『成瀬は天下を取りにいく』(23年3月刊行、宮島未奈著)が10万部突破のヒットとなっている。23年12月には「静岡書店大賞」、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR2023」小説部門第1位、「読書メーター OF THE YEAR」第1位、「キノベス!2024」第1位など、読書界のさまざまな賞も受賞している。 「R-18文学賞からは、実に多彩な作家がデビューし、活躍されています。取り組みの積み重ねが今回のヒットにつながっているわけですから、この賞はとてもいいかたちで育っていると思います」 新潮社は様々な新人賞に取り組み、試行錯誤を重ねてきた。今も「日本ファンタジーノベル大賞」「新潮ミステリー大賞」などを続けている。三重さんは「新人賞を継続するのは大変ですが、大事なことです。次世代の作家を世に送り出していくことが出版社の務めだと思っています」と語る。 ピンポイントで話題になったのは、韓国の男性アイドルグループBTSの初のオフィシャルブック『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』の日本語版だ。デビュー10周年を記念しての刊行で、3年にわたるメンバー7人へのインタビューと深層取材をもとに、活動の軌跡などが綴られている。 BTSのファンにとってはファンクラブが誕生した“特別な日”という7月9日に、韓国オリジナル版と9つの言語での翻訳版が同時発売された。ただ、9日は日曜日ゆえ、日本では流通上この日を発売日とすることが難しいなか「日本のBTSファンにもぜひこの記念日に届けたい」と、事前予約者には9日に届くよう特別な直販態勢を整えた。書店での一般発売は7月11日だった。 さらに、初版部数は7万7777部、価格は7777円(税込)と、これもまたBTSファンにとって特別な数字である7をあしらった。9月には1万2000部を増刷し、12月25日には電子版の配信も開始した。 文庫は、杉井光のミステリー『世界でいちばん透きとおった物語』と、映画化された朝井リョウの『正欲』のふたつが30万部を突破し、全体を牽引した。前者は新潮文庫nexの書き下ろしだ。 コミック部門も引き続き好調だ。特に電子の伸びが顕著で、売上比率ではすでに紙のコミックスを電子が上回る。新しい動きとして「バンチコミックスコラル」という女性向けのレーベルを創刊し、作品の幅を広げていこうとしている。 「コミック部門を設けてから20年過ぎましたが、新潮社の重要な柱の一つになりました」と語る三重さんは、会社の直面する課題についてこう締めくくった。 「文芸出版社としての伝統を強みとしながら、どのような新しいかたちをつくっていけるかが課題です。小説はもちろん、ノンフィクションもコミックも文芸です。時代の変化に合わせてどこに力を入れていくのかが今後のカギですね」