「日本が"クマの惑星"になってからでは遅い」県政50年の秋田・佐竹知事が語る"アーバンベア"の恐ろしさ
全国各地でクマによる被害が相次いでいる。とりわけ秋田県はクマの出没が多く、2023年度に起きた人身事故は62件/70人と、2位の岩手県(46件/49人)と比べても突出した数字だ。どうすれば被害を減らすことができるのか。クマ問題を取材するライターの伊藤秀倫さんが、秋田県の佐竹敬久知事に聞いた――。(後編/全2回) 【写真】クレーマーへの“怒りの形相”でポーズを決める佐竹知事 ■戦後最悪のクマ被害「十和利山襲撃事件」 (前編から続く) 筆者のようにクマに興味がある人間が「秋田」と聞いて、すぐに思い浮かべる事件がある。それは2016年5月から6月にかけて青森県との県境に近い鹿角市で起きた「十和利山襲撃事件」である。この事件では「ネマガリダケ」と呼ばれる旬の山菜を採りに山に入った人々が連日、クマに襲われ、死者4人、重軽傷者4人という熊害としては戦後最悪の犠牲者を出した。犠牲者の遺体がいずれも複数のクマによって食害されていたことも、この事件の凄惨さを際立たせている。 この現場近くの山林では、今年5月にもクマに襲われたと見られる男性の遺体が発見されており、さらにこの遺体を搬送しようとした警察官2人がクマに襲われ、大けがを負う事件も起きた。なぜ秋田県ではクマによる人身事故が多いのか。どうすれば、この被害を減らすことができるのか。佐竹敬久・秋田県知事が「秘策」を語った。 ■なぜ秋田で「人身事故」が多いのか? ――2016年に起きた十和利山の事件が象徴的ですが、全国的に見ても秋田県はクマによる人身事故が多い。秋田県ならではの特殊な背景などがあるのでしょうか。 人身事故は春に起きることが多いのですが、やはりネマガリダケとかの山菜を採りに入った人が、クマと出くわして襲われるケースが多い。山菜はクマも好物ですから、どうしても鉢合わせする可能性が高くなるんですね。なぜ危険を冒してまで山に入るかというと、秋田の山菜が東京で高く売れるんです。山菜採りに入るのは中高年の方が多いんだけど、あるおばあちゃんに聞いたら山菜だけで年間200万とか300万円の儲けになる。ある意味では生活がかかっているわけで、それは入りますよね。 県内の一部の地域では、この時期は山に入らないように、入山禁止の立て札をたてるんですが、それでも山ですから、どこかから入っちゃう人はでてくる。 それから秋田は県土の7割が森林です。このうち約半分が人工林で、数十年前に植林した杉が多く、県内の林業の発展に寄与しました。残りの半分は天然林で、広葉樹も多いですが、自然界ではどうしても豊凶の波がありますので、凶作の年に山でエサが不足すると、どうしてもクマが人里に出てくることになる。 ――知事はおよそ50年にわたって、行政の立場から秋田県を見てこられたわけですが、クマを取り巻く環境について変化を感じる部分はありますか。 やっぱりわれわれが子どもの頃から、マタギの方々を通じて、クマというのはそれなりに身近な存在でした。ただクマは基本的に山奥にいるもので、人間の生活圏である里山とかにはほとんど出なかった。けれど昨今、人口が減って里山の管理が行き届かなくなると、そこに残されたクワの実やクルミ、クリや柿の木なんかを目当てにクマが入り込むようになったわけです。そうやって人間の生活圏に近づいたクマは、農作物を食べたりして、人間の食べ物を口にする機会が増える。一度人間の食べ物の味を覚えたクマは、たとえ山に戻したとしても、また戻ってきちゃうんですよ。他県の事例ですが、最近のクマは、人間の家に入って器用に冷蔵庫を開けるんです。賢いですからね。