2019年「ノーベル賞」受賞を期待する研究は? 日本科学未来館が選出
科学の世界を伝える仕事に就いている私たちにとって、10月は特別な月だ。ノーベル賞の受賞者発表があるからだ。科学の話題が一般メディアで取り上げられるまたとないチャンスともいえる。今年も例年通り、10月の第1月曜日である10月7日(月)の生理学・医学賞に始まり、8日(火)に物理学賞、9日(水)に化学賞の受賞者が発表される。 【図】「ノーベル賞」その後(1)当たり前になった感染症治療とマラリアとの終わらない闘い
ニュースは新しい出来事を伝えるものだから、科学ニュースも最先端の発見や発明を紹介するものになる。個々のニュースはどうしても「点」になりがちだ。けれども、ノーベル賞はすでに評価がある程度定まった研究に対して贈られるので、その研究が私たちの暮らしや世界観、そして研究の世界をどう変えたのかを「線」としてお伝えすることができる。 今年のノーベル賞について、日本科学未来館では、こうした「線」を意識した活動を展開することにした。受賞対象となった研究を軸に、科学者たちの世界を伝え、過去から現在まで、最先端過ぎて今年の受賞はないだろうというものも含めて紹介していく。すでに当館の科学コミュニケーターたちが、5日から自然科学3賞について紹介しているので、お楽しみいただきたい。 とはいえ、未来館が2012年から毎年行ってきたノーベル賞の受賞予想を楽しみにしてくれる読者も多いようなので、今年はもう1つの企画を用意した。これまで受賞予想記事の中で名前の挙がった研究者・研究テーマをリスト化し、「今年ノーベル賞を受賞してほしい研究」を科学コミュニケーターの投票で選んだ(すでに受賞したテーマや、故人はリストから外した)。その結果を以下に紹介しよう。(敬称略)
■生理学・医学賞(10月7日午後6時30分~)
《第1位》ゲノム編集ツール「CRISPR-Cas9」の開発 ・ジェニファー・ダウドナ(Jennifer Doudna、米国)/エマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle Charpentier、仏) 生き物の設計図ともいえるゲノム(全遺伝情報)の中から、狙った遺伝子だけを改変する技術がゲノム編集。2012年にゲノム編集の中でも格段に使い勝手の良いCRISPR-Cas9が登場すると、世界中の研究室で使われるようになり、野菜などの品種改良や医療にも使われ始めようとしている。さらに、CRISPR-Cas9の変形版として、狙った場所のDNA配列の一文字だけを別のものに書き換えたり、DNAはそのままで目印となるタグだけを変えたりする技術など、研究に役立つさまざまなツールの開発に発展している。まさに注目の分野だ。 《第2位》エイズの発症を抑える抗HIV薬の開発 ・満屋裕明(みつや・ひろあき、日本) 1990年代まで、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染すると、いずれはエイズを発症し、死を迎えるしかなかった。それが現在では、たとえ感染しても抗HIV薬を飲み続ければエイズになることもなく、普通の生活を送れるようになった。最初の抗HIV薬を開発したのが満屋博士だ。 《第3位》DNAメチル化による遺伝子の発現調節機構の発見 ・ハワード・シーダー(Howard Cedar、米国) 皮膚の細胞や脳の細胞など、細胞の種類ごとに必要な遺伝子は異なる。不要な遺伝子の働きを「off」にする仕組みの研究は、病気などにも深く関わっており、今後ますます重要になってくるはずだ。 生理学・医学賞は、生命現象の解明や医療に貢献した研究に贈られることが多い。とはいえ、近年は分子レベルで研究が進められることが多く、化学賞との境目が分かりにくくなっている。1位になったゲノム編集ツールCRISPR-Cas9の開発は、化学賞の受賞でもおかしくない。2015年の化学賞は「DNA修復の仕組みの研究」だった。実は、CRISPR-Cas9を使った遺伝子の改変は、生物にもともと備わっているDNA修復の仕組みをそのまま借用している。「DNA修復の仕組み」が化学賞ならば、こちらも……と思う。 2位は抗HIV薬の話。薬の開発は化学の大きな分野の1つであるが、抗HIV薬に関しては、やはり生理学・医学賞ではないかと考えている。昨年11月末に、今回投票1位になったゲノム編集技術を受精卵に応用して、HIVに感染しないように遺伝子を改変した赤ちゃんを産み出したと、中国の研究者の賀建奎(が・けんけい)博士が発表した。その直後に、中国のHIV専門家149人が連名で、医学専門誌に公開書簡を掲載した。賀博士への手紙という形を取りながら、HIV治療の現状を伝え、受精卵の遺伝子改変などをしなくても、HIV感染は対処できるようになっていることを端的に伝えていた。HIV感染者に対する医療対応の要となっているのが抗HIV薬で、やはりこれは医学の輝かしい業績であると思うのだ。 3位は、一般にはあまりなじみがない話題かもしれないが、ES細胞やiPS細胞を使った再生医療の研究にも深く関わる、生命科学分野では注目のテーマだ。1位のゲノム編集ツールの変形版では、このメチル化も操作できるようになっている。