「AOMORI GOKAN アートフェス2024」開幕レポート。青森5館が目指す自由なつながり
青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館 といった、青森県内にある現代美術を扱う5つの美術館・アートセンター。この5館が連携する初のアートフェスティバル「AOMORI GOKAN アートフェス2024」が始まった。会期は9月1日まで。 日本では様々な芸術祭やアートフェスティバルが開催されているが、同フェスの大きな特徴は、全体を統括するディレクターを置かず、地域に目指して活動するそれぞれの館の学芸員が集まって議論を重ねながら、コンセプトやテーマを練りあげていくこと。それによって複数の美術館が個性を発揮しながら、緩やかにつながることができる。 今年のテーマは「つらなりのはらっぱ」。「はらっぱ」という言葉は、青森県立美術館を設計した建築家・青木淳が提唱した「原っぱ」論を援用したもの。目的をもって行くところではなく、5館がはらっぱのような、訪れることで何かに出会い、何かが起こる場所として機能し、将来に向かって新たな関係性が築かれることが期待されている。 このテーマのもと、各館はそれぞれの特徴を活かした企画展やワークショップ、トーク、音楽イベントなどを開催。フェス後半の8月からは、2022年のドクメンタ15 でも展示され注目を集めた栗林隆の《元気炉》が共通企画として各館を巡回する予定だ。本稿では、5館の企画展の内容を紹介していきたい。 「かさなりとまじわり」(青森県立美術館) 奈良美智による常設作品《あおもり犬》で愛される青森県立美術館。同館は、普段使っていないコミュニティギャラリーやワークショップエリア、屋外ヤードなどのスペースも活用し、展示やプロジェクトを展開している。 企画展「かさなりとまじわり」では、美術館内外の特徴的な各空間が「かさなり」、いくつかのコンセプトに沿って作品を展示することで、様々な「まじわり」の諸相を浮かび上がらせる。 例えば、青木淳によるりんご箱を活用したオブジェが館内外の各所に設置。エントランスギャラリーでは、井田大介の立体作品《Synoptes》(2023)が展示されている。同作は人の往来にセンサーが反応し、彫刻についた複数の目が動く。「監視」や「見物する者」など本展のテーマ「かさなりとまじわり」としてあらゆる読み取りが可能になる。 メイン展示室では、幼少期に青森に育った原口典之や、青森・三戸町で三戸町立現代版画研究所(現・三戸町立版画工房)の設立に尽力した吉田克朗、そしてこの版画工房に滞在して制作を行った作家などの作品が紹介。加えて、吉田克朗の息子・吉田有紀や、原口にインスパイアを受けた青秀祐、大森記詩の作品も展示され、時間と空間と人の「かさなり」「まじわり」を体感することができる。 「currents / undercurrents -いま、めくるめく流れは出会って」(青森公立大学 国際芸術センター青森) 安藤忠雄が設計した巨大な円形が特徴的な青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)。アーティスト・イン・レジデンス事業で知られ、世界中に集まるアーティストが実際に滞在して制作できる同センターでは、「currents / undercurrents -いま、めくるめく流れは出会って」展が開催されている。 タイトルの「current」は、「現在」という意味をもちながら、海流や気流、電流などの変わり続ける流れも示す。いっぽうの「undercurrent」は、表面やほかの流れの下にある目に見え難い流れや暗示を意味する。本展では、そういった両方の流れを掴み、ある場所とかかわり合いながら表現をつむぎ出す国内外のアーティストたちの作品を紹介している。 フェスティバル全体のメインビジュアルにも使われた岩根愛の「The Opening」(2024)シリーズは、岩根が高校時代を過ごしたカリフォルニア北部ペトロリアのマトール川をドローンで撮影したもの。八戸とほぼ同緯度に位置するマトールでは、一年に一度川が決壊し、様々な流れが生み出される。同シリーズでは、こうしたなかでぶつかり合う様々な生命の連鎖やエネルギーをとらえている。 在宅介護やりんごの栽培の手伝いをしながら、作品をつくる青森出身の中嶋幸治は、60点からなる写真シリーズ「パルス Pulse」(2023-24)を展示。札幌に住んでいた作家が、りんごの花びらを手に握りしめたまま青森から札幌まで行くという追悼の旅を記録した作品だという。コロナ禍中に遅れて知らせられた友人の死。「青森のりんごの花をもう一度見たい」という亡友の願いを叶うため、約9時間の旅のなかで各10分間隔で花びらを握りしめた手を撮影し、目的地に着いたら手に持っていた花びらをその場に残した。 一貫して「修復」をテーマに作品を制作する青野文昭は、青森で収集した古い箪笥を積み重ねたインスタレーション《戦う英雄たち ‐ SACRIFICE 2024》(2024)を発表。作品の表面には、青森の三沢基地を思わせるミサイルや、青森の伝説において墓があったというキリストの像などが描かれており、古来から様々なものが流れ着いてきた東北の歴史や、現在とのつながりを表している。 そのほか、光岡幸一が日本の民謡にある「こぶし」という独特の唱法から着想を得たインスタレーションや、是恒さくらが八戸の捕鯨産業の歴史を手がかりに、近代化が進むなかで地域の人々の営みや暮らしの変化を探るテキスタイルのインスタレーション《双子鯨の夢を見たら》(2024)なども、様々な目に見えない流れを暗示している。 「蜷川実花展 with EiM:儚くも煌めく境界」と「弘前エクスチェンジ#06『白神覗見考』」(弘前れんが倉庫美術館) 弘前れんが倉庫美術館では、「蜷川実花展 with EiM:儚くも煌めく境界」とリサーチ・プロジェクトとなる「弘前エクスチェンジ#06『白神覗見考』」を実施している。 蜷川実花展は、今年2月まで東京・虎ノ門のTOKYO NODE GALLERYで開催された個展 に続き、蜷川が、データサイエンティストの宮田裕章やセットデザイナーのEnzo、クリエイティブディレクターの桑名功らと結成したクリエイティブチーム・EiM との協働により実現した大規模な個展。造花や金魚など、蜷川を代表するモチーフを撮影した写真に加え、うつろう時間やながれゆく季節の境界を超える壮大なインスタレーションや、蜷川が弘前で撮影した桜の写真なども紹介されている。同館館長の木村絵里子は、「蜷川さんは人間の都市生活に非常に近いところにあるような自然を撮り続けている。自然が必ずしも人間から切り離された存在ではなく、自然との関係のなかで人間の生活がどのように影響を受けるのかを本展で紹介している」と話す。 いっぽうの「白神覗見考」は、青森県と秋田県の県境に位置し、1993年にユネスコ世界遺産に登録された白神山地をテーマに実施するリサーチ・プロジェクト。本展では、狩野哲郎、永沢碧衣、佐藤朋子、L PACK.といった4組のアーティストたちが、それぞれの視点で作品展示やワークショップなどを行う。 狩野は、世界自然遺産の登録によって、白神山地に暮らしていた人や動物にどんな変化が生まれたのかを探り、会場のれんが倉庫や青森とゆかりのある素材を使った立体作品を美術館内外で展開。永沢は、昨年秋田県で起こった洪水の被害や自身の狩猟経験をもとに制作した絵画作品を展示している。 佐藤は、会期中に台湾に滞在しており、遠隔で来場者をゆるやかに巻き込み、長期的なリサーチの過程を公開しアップデートし続けていく。L PACK.は、弘前市では馴染み深い夏の祭りである「宵宮」に触発され、展覧会期末の8月30日から3日限定のイベントとして体験型作品を公開する予定だ。 「エンジョイ!アートファーム!!」(八戸市美術館) 美術館の中央に巨大な空間「ジャイアントルーム」を持つ八戸市美術館。ここで、八戸を拠点に活動する5人のアーティストによるプロジェクト「エンジョイ!アートファーム!!」が展開されている。 同プロジェクトは、通常の「いつ来ても内容が変わらない」展覧会とは異なり、それぞれのアーティストが会期中に同空間で作品を制作したり、ワークショップを行ったりし、いつ来ても新たな体験があり、会期の最後には様々な成果がが生み出されるというものだ。 画家・漆畑幸男は、これまでの作品を展示しながら、大型の作品を「ジャイアントルーム」で制作し展示する。会期の後半には、来館者から集めた展示作品についての「解説」をもとに参加型の「画集」も制作する予定だ。家族写真を得意とする写真家・蜂屋雄士は、出産、進学、結婚、旅行、葬式など、参加者とともに「家族」と「写真」をめぐるトピックスについて深めるラーニングプログラムやワークショップを実施。8月からは、その成果となる写真展示が会場で行われる。 幻想的な世界観で、女子高生を主題とした木板画を制作するしばやまいぬは、その創作世界から「くにゅぎの森」を美術館空間に出現させる。7月からは木版画によって生まれた虫もこの森に住み着き、鑑賞者が虫捕りを楽しむことができるという。また、ベトナムに長期滞在するなど、東南アジアとの関わりが深い東方悠平は、ベトナムで見つけた野生のバナナを手がかりに、八戸の住民たちに聞き取った「自由」についての絵日記を制作しながら、「ジャイアントルーム」には現代版の「自由の女神」を立ち上げる。振付家・ダンサーの磯島未来は、来場者に聞き取ったこれまでに経験した出来事などの話をもとに、その人らしさが凝縮したダンスの振付をその場で考案してパフォーマンスを行う。 「野良になる」(十和田市現代美術館) 十和田市現代美術館では、「はらっぱ」を自然と人間が交わる領域としてとらえ、「野良になる」展を企画した。タイトルの「野良」は、自然と人間の二項対立を考えるうえで、どちらにもなりきれない、そのあいだにいる存在を象徴する言葉としてつけられたという。 日本とアメリカにルーツを持ち、トランスジェンダー女性として生きるあり方を彫刻で表現する丹羽海子は、自身にとって喪失や孤独の象徴であるコオロギと、ペットボトルや廃棄された電気製品などを組み合わせた彫刻インスタレーション《メトロポリス・シリーズ:太陽光処理施設》(2024)を展示。10歳頃から学校教育を離れ、独学でドローイングをウールへと変換して作品制作を行う䑓原蓉子は、青森県内の広大な自然を訪れ、自然と人間の多様な関係のあり方を自身の観察とともに織り交ぜたテキスタイルの作品を発表した。 ブラジル出身で近年は日本を拠点に活動しているアナイス・カレニンは、植民地時代以前から伝わる、薬効を持つ植物に関する知識体系を研究し、植物との親密な関わりを通して植物と人間との関係性を問い直している。本展では、植民地時代以前から使われている技術を用いて、植物の色素を抜いた残留物をチューブに入れた室内のインスタレーションのほか、美術館の庭ではサウンドと植物で構成する実験的なインスタレーションを展示する。庭の作品では、植物を自らの生活や社会の一部としてとらえるアイヌ民族の言語による、それぞれの植物の名前を楽譜に変化した音を流す。植物もその音やスピーカーによる振動とともに育っていく。 また、品種改良や養殖といった人間のコントロールと動植物の生の関係を取り上げる永田康祐は、十和田湖のヒメマス養殖における人間と魚との関係性を問う映像作品を発表。さらに7月と11月には、食糧生産と動植物の生に関する考察をコース料理のかたちで発表する予定で、鑑賞者が実際に食べて味わうこともできるという(要事前予約)。 広大な土地や、地平線まで空が広がる草原など、「はらっぱ」という言葉に対する印象は人によって様々だが、共通しているのは、そのなかで人々が自由に動き回ったり、交流したりすることだろう。それは、今回のフェスティバルで行われている作品展示や様々な企画に共通する精神とも言える。ぜひ青森の各地を周遊しながら、個性豊かな各美術館の展示作品や企画に向き合ってほしい。
文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)