まさに芸術品!映画『フェラーリ』にも登場した、ザガートボディのフェラーリ250GT
引く手あまたの0515GT
●引く手あまたの0515GT シドリックの250GTは、これほどの高みには到達できなかったものの、様々なイタリア人ドライバーによって公道レースとヒルクライムで立派な成績を残し、1956年にはコンクールにも2度出品されている。その後、1960年10月にロサンゼルスのエンスージアスト、エドウィン・K・ナイルズの手に渡った。ナイルズは続く12年間に、この250GTを売却しては買い戻すことを繰り返した。なんとその数5回、取引相手は8人にも上る。1983~84年にスティーブ・ティラックによってレストアされ、1985年にはペブルビーチでハンス・タナー・トロフィーを受賞。1991年にメキシコのコレクター、ロレンソ・サンブラーノが入手した。そして1990年代末、ついにデイヴィッド・シドリックが動く。 「私はひと目見たときからこの車に惚れ込んでいて、ロレンソが見せた一瞬の気の迷いを突いたんだ。彼には売る理由がまったくなかったからね。彼はそれから何年も、私のところに来ては買い戻したいと懇願したよ」とシドリックは振り返る。「私はそのかなり前から、289コブラやポルシェ356、メルセデス300SLといったお馴染みの名車を集めるだけでは物足りないという結論に至っていた。ザガートのスタイルは大好きだったから、メーカーではなくカロッツェリアで収集しようと決意した。一時期、戦前のアルファ8C2300ザガートを所有していて、2015年にヴィラ・デステで最優秀賞を取った。そのあと自分のルールを破り、売却してトゥーリングボディの8C 2900Bにアップグレードしてしまったよ」 「どうしても必要なわけではなかったが、2000年代初めに250GTをフェラーリの名レストアラーに再度レストアしてもらった。ウィスコンシン州にあるモーション・プロダクツの故ウェイン・オーブリーだ。同じようにエンジンも、やはりウィスコンシン州のリック・バンクフェルドに見てもらった。250とアルファ8Cのエンジンのエキスパートとして有名な人だ。それもあまり必要ではなかったんだろうが、おかげで今も壮健でパワフル、漏れ知らずだよ」 「とくに、埋め込み式のドアハンドルや、リアスクリーン上の小さな排気口、ダッシュを飾るエンジンターン加工のインサートなど、いかにもザガートらしい部分がたまらないね。メインカラーはランチアブルーだ。ルーフが白い理由は、これをオーダーした男のガールフレンドが望んだのはコンバーチブルだったが、彼は嫌だったので、ルーフを白にペイントして“消えて”見えるようにしたという話だ」 間違いなく、この車にとって完璧な配色だ。車の周りを歩いて検分しながら、「完璧」という言葉を何度もつぶやいている自分に気づく。ザガートの仕事は驚嘆のひと言に尽きる。ボディが真空パックのようにシャシーに密着しているのだ。リアのホイールアーチの頂点からリアフェンダーの上面までを覆う金属の幅がいかに狭いかを見てほしい。徹底的に機能的でありながら、同時にうっとりするほど優美だ。それは外観だけでなく、物理的構造にも当てはまる。たとえば、ほっそりしたバンパーはボディに直接取り付けられており、軽い接触を吸収してくれるシャシーマウントは存在しない。 このぴんと張りつめた印象を、肉厚なアングレベールタイヤに履くボラーニの大径ワイヤーホイールがさらに強めている。「アングレベールは岩のように硬いから、展示するときだけ使っている。本気で公道を走るときはミシュランを履くよ」とシドリックは話す。そんな話も出たところで、そろそろ美しく整えられたビバリーヒルズへ乗り出してみよう。 紙のように薄いドアは、意外にもしっかりした音を立てて閉まった。このフェラーリがいかに完璧にまとめられているかを予感させる。乗り込むと、前後の機構部がボディで密封されているのと同じように、自分の体がぴったりと包み込まれる印象だ。長身の人は、あのダブルバブルルーフの価値がよく分かるだろう。成形されたような薄いヘッドライニングも、車内スペースを最大限に広げる上で役立っている。ダッシュボードにはラベルがひとつもない。ターコイズブルーのトリミングが計器ビナクルを縁取り、真っ白にペイントされた金属のダッシュボード上面を覆っており、光輝くエンジンターン加工のインサートも相まって、この小さな宝石によく似合う玩具のような雰囲気を作り出している。 一方、玩具とは正反対なのが3リッターV12エンジンで、即座に点火して溌剌と動いている。数分してオイルと冷却液がしっかり温まってから、ゆっくり発進した。軽い操舵感が大径のリムから即座に伝わってくる。ザガートボディの繊細な美しさにふさわしく、操作感も軽く正確だ。黒いローマ数字が刻まれたクリーム色のシフトノブで、4段ギアボックスを滑らかに変速できる。これには、穏やかに動くクラッチと太いエンジントルクもひと役買っている。 シドリックがこれまでに重ねてきた走行距離と、様々なスペシャリストを訪ねて調整し、洗練させてきた努力が、すべて報われていることがはっきり分かる。68年前の車でありながら、文字どおり新車のような感触なのである。ガタつきもきしみも皆無で、白いパイピングを施したブルーのシートから、ドアの内張りやカーペットまで、染みひとつない。古艶の出た車も味わい深いものだが、これほどフレッシュでビビッドな状態の芸術品(シドリックがそう表現するのも当然だ)にも、人を惹きつけてやまない独特の魅力がある。 いうまでもなく、車が絵画や彫刻に勝るのは、自分で運転できる点だ。面白いことに250GTのサウンドは、車内で聞くか車外で聞くかで、ずいぶん異なる。車内で楽しめるのはメカニカルな交響曲で、吸排気音を中心に、バルブトレーンのささやきが重なり、トランスミッションの振動が厚みを添える。このハーモニーの中心テーマは、エンジン回転の上昇と共に力強く高まっていくが、けっしてけたたましくはならずに、歯切れのよいファンファーレへと昇華していく。車外で聞こえるサウンドは、もっと複雑な構成だ。個々の声が際立つのである。排気の低音がかすかに聞こえ、テールの下から突き出す4本のピーシューター・パイプ(『Octane』の創刊編集者ロバート・コウチャーは「スナップ」と呼ぶ)からは、小さな破裂音も放たれる。250GTのサウンドは、車内の乗員より外の見物人に自分を見せる外向的な性格のようだ。 もちろん私たちは近隣住民に配慮して、レブリミットの7000rpmの半分も回さなかった。真価がフルに発揮されるのは、残る後半の回転域だ。私は2006年に、『Octane』の取材で1958年250GTを交通量の少ないスイスの公道でドライブして、その興奮を次のように綴っている。「クランクシャフトの回転速度が3500rpmを超えると、V12の唸りが打楽器かドリルのような音の壁へと変貌した…トランスミッションの甲高い金属音とバルブのノイズが、回転の上昇と共に機械の話し声の中で着実に他を圧倒していく。やがて両者が結合してサラブレッドのいななきへと変貌すると、思わず狂人のような笑みを浮かべずにはいられない…」実にしびれる体験だった。 シドリックのいうとおり、このザガートボディのフェラーリは“通”を唸らせる車だ。彼は2022年に、アメリカ、イタリア、イギリスのイベントを巡る大西洋横断ツアーに250GTを送り出した。最後のイベントは、オックスフォードシャーのブレナム宮殿で開催されたサロン・プリヴェで、250GTはベスト・オブ・ショーに輝いた。そのとき、ちょうどアメリカから訪れていたフェラーリに精通するひとりのエンスージアストが、この車に目を留めた。 シドリックはこう説明する。「サロン・プリヴェで、ハリウッドの映画監督のマイケル・マンがこれを見て、彼の新作映画『フェラーリ』で使いたいから、ぜひイタリアへ運んでくれと訴えたんだ。そこで、車を梱包してブレシアへ送ったんだよ」いうまでもなく、250GTが使われたのはレースシーンではない。とはいえ、映画の美術セットとして、これ以上の小道具はあり得ないだろう。 1956年フェラーリ250GTザガート エンジン:2953cc、軽合金製、V型12気筒、SOHC、ウェバー製 36 DCZキャブレター×3基 最高出力:250bhp/7000rpm 変速機:前進4段MT、後輪駆動 ステアリング:ウォーム&ホイール サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、レバーアーム・ダンパー、アンチロールバー サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、アンチトランプバー、レバーアーム・ダンパー ブレーキ:4輪ドラム 車重:1000kg(推定) 最高速度:約 190km/h(推定) 編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵 Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA Words:Mark Dixon Photography:Evan Klein
Octane Japan 編集部