「奇跡だ」無罪の医師が巣鴨プリズンで描いたスケッチがアメリカから返還された 76年越しに福岡市の遺族の元へ B29搭乗員を実験手術「九大生体解剖事件」で訴追
検察側は医師らが肝臓試食を認めた口供書を示し、死刑を求刑した。だが、弁護側は、生体解剖手術と真武元院長の来院日が離れており、腐敗しやすい臓器である肝臓は「食用にできなかった」と指摘。口供書はすべて調査官の強要によるものだと訴え、無罪を主張した。証言台で真武さんはこう述べたという。「『(調査官に)人間の肝を食ったとしても2年か3年の罪にしかならない。うそを言うと偽証罪でそれ以上の長い重労働の刑になる』と言われた。家族を見殺しにするのはしのびえず、口供書に署名した」 東野さんは「検事側の立証追求よりも、弁護側の反証弁論の方が強く、被告側に有利に展開した」と記している。1948年3月11日に始まった裁判では、自白のみに依拠した起訴は無効で証拠能力を欠くとした弁護側の主張が採用され、1948年8月27日に、肝臓食事件の被告5人全員に無罪判決が出た。 ▽額縁に入れて大切に保管 巣鴨プリズンは規則で、収監者が私物を外部に送ることが認められていなかった。家族に宛てた真武さんのスケッチは破棄される可能性もあった。元看守だったドナルド・フェーブルさん=2015年に87歳で死去=は、真武さんら収監された日本人と仲が良く、よく話をしていたという。真武さんに「スケッチを家族の元に送ってほしい」と頼まれ、譲り受けた。
後日届けようとしていたが、真武さんの住所を記した紙を紛失してしまったという。それでも、スケッチを額縁に入れてイリノイ州の自宅で大切に保管していた。 ▽希望と平和をもたらす事例に フェーブルさんの娘のスーザン・ピーターソンさん(65)らきょうだいは、両親が亡くなって家の整理をする中で、父の願いをかなえることにした。今夏、米海軍横須賀基地の知人などを頼って真武さんの遺族を探し出した。横須賀基地勤務で、国際交流団体「横須賀ワールドフレンドシップ協会」の理事を務める松永和也さん(35)=神奈川県横須賀市=や、航空戦史研究家の深尾裕之さん(52)=大分県=らの尽力で、スケッチの返還につながった。 11月、深尾さんは関係者が集まった返還の場で「言葉や宗教、人種を超えて、互いの信頼と友情を強くし、日米両国の間に希望と平和をもたらす事例として役立つものだ。未来志向の平和と友情をもたらすために、この返還の事実を両国において次の世代に正しく継承していってほしい」とあいさつした。ピーターソンさんの友人として、代理でスケッチを手渡した横須賀基地内の高校で教師をしているフィリップ・アクランドさん(40)=横須賀市=も出席した。