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直木賞を受賞した『凍える牙』をはじめ、30年以上にわたって多くの小説を発表してきた乃南アサさん。 【写真】家族が亡くなり、母親だけになった実家に残されていた「恐ろしいもの」 令和になったいま、乃南さんが改めて書き記した「家族」の在り方を書評家はどう読み解くのか？ 今回はあわいゆきさんによる書評を公開します。 乃南アサ『マザー』 アニメのような三世代家族から独立して家庭を持った青年が、コロナ禍の間に立て続けに身内が亡くなった実家に久々に帰る「セメタリー」、過労によるうつ病で医師の仕事をやめて離婚した兄から、その身を案じながら亡くなった母の一周忌を前に再婚の知らせが届く「ワンピース」、娘が嫁いで一人残された高齢女性が、やがてマンション内で鞘当てが起きるほどに華やかに変貌していくさまを管理人の目から見た「アフェア」など、「母」という名に隠された一人の女性としての“本当”の姿を描き出す、直木賞作家渾身の家族小説！

支えるひとのこと、理解できている？

あなたが子どものころ、最も多くの時間を共に過ごした相手は誰でしょうか？もちろん家庭の環境によって返ってくる答えは千差万別ですが、「母親」と答えるひとは少なくないはずです。母親でなくとも、父親や兄妹や祖父母、あるいは育ての親、親代わりになってくれたひと……あなたがまだ自立していない時期、生活の支えになってくれた身近な他者はいるのではないかと思います。 そして、幼少期に多くの時間を共に過ごしていると、次第に相手にも慣れていきます。やがて、「こういう性格のひとなんだな」となんとなく理解できるようになるはず――しかし、その「理解」は、ほんとうに理解しているといえるのでしょうか？ なぜなら、幼少期に多くの時間を過ごした身近な相手には、庇護の下にあった幼いあなたと接している前提があります。他人行儀に言い換えれば、ケアをする側としての態度が挟まれている。それを忘れて「支えてくれるひと」として単純に見てしまうと、その奥にある個人の内面を疎かにしてしまいかねません。 乃南アサさんの『マザー』は、そういった支えてくれるひと――支える側だと位置付けられているひと――の孤独を指摘します。なかでも、世間から「母親」として見られることによって孤独に陥っている人々を描いた短編集といえるでしょう。ただ、乃南さんは物語のなかで安易に「母親」を孤独から救うわけではありません。むしろ周囲にいる人間を語り手にすることで彼女らが抱える孤独からあえて距離を遠ざけ、ときには「母親」すらを突き放すようなかたちをとり、彼女らが社会から負わされている役割と、孤独に気づけない恐ろしさを冷静に指摘するのです。