家族が亡くなり、母親だけになった実家に残されていたもの…母親の孤独に気がつけない「恐ろしさ」
「母親」から解放された生きざまを刮目せよ!
また、ここまでの四篇があるからこそ、大トリを飾る「アフェア」に登場する老婦人、佐野さんの自由奔放な振る舞いに惹かれるようになっています。マンションの管理人をしている滝本は、住民の佐野さんが娘が家を出ていった途端に髪を明るく染め、同じマンションに住むあらゆる男性と交流していくすがたを目撃します。佐野さんの「色狂い」と噂が立つほどの振る舞いはあまりに目に余る――はずなのに、どうしても目が離せないのは、ここまでに幾度となく描かれてきた「母親」から解放されたひとりの女性の楽しさが身をもって伝わってくるからでしょう。佐野さんは「孤独」から救われることはできたのか――彼女の自由な生きざまの末は、最後のページにたどりつくことで味わってみてください。 時代が進むにつれ、家父長制において女性が受けてきた抑圧にも目を向けられるようになり、「専業主婦」的な生き方に縛られない自立した生き方も尊重される社会に少しずつ、近づきつつあります。一方で、「母親はこうあるべき」という、無自覚な押し付けからまだ脱せられていない――多様な家族を描きながら『マザー』はそれを指摘します。そして社会に気づいてもらえず孤独に陥っている「母親」を救うだけでなく、どうしたら支える側の負担にも気づいていけるか、いま一度見つめ直すきっかけを与えてくれる一作にもなっているのです。 乃南アサ(のなみ・あさ) 1960年、東京生まれ。'88年に『幸福な朝食』が日本推理サスペンス大賞優秀作となる。'96年に『凍える牙』で直木三十五賞、2011年に『地のはてから』で中央公論文芸賞、'16年に『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。主な著書に『鎖』『しゃぼん玉』『いつか陽のあたる場所で』『ウツボカズラの夢』『ニサッタ、ニサッタ』『美麗島紀行』『六月の雪』『チーム・オベリベリ』『家裁調査官・庵原かのん』『緊立ち 警視庁捜査共助課』など。
あわい ゆき(書評家・ライター)