食欲がだんだんなくなってきて… 死亡した「27歳のペンギン」に生じた異変の正体 動物園の動物たちに起こっている「新たな問題」
また、たいていの飼育施設はエサの魚を解凍して丸のまま与えていますから、魚のヒレなどで胃の粘膜が傷つきやすくなっていて、塩分摂取も相まって胃がんの発生率を上げている可能性も考えられます。 もう1つが、遺伝的要因です。 今も水族館や動物園でたくさん飼われているので意外に思われるかもしれませんが、野生のフンボルトペンギンは絶滅が危ぶまれており、ワシントン条約(正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」)では「付属書Ⅰ」に掲載されています。
これは、「絶滅のおそれが高いため、商業目的のための国際取引は原則禁止。学術目的の取引は可能だけれど、輸出国・輸入国双方の政府が発行する許可証が必要」という、ジャイアントパンダやゴリラと同じ最高のランクです。 したがって、学術研究目的以外では輸入ができず、国内にいる多くのフンボルトペンギンは日本で繁殖した個体なのです。そのため、現在、日本国内で飼育されているフンボルトペンギンには、遺伝的な偏りがあると思うんですよね。
がんの発生にかかわる遺伝子には親から子に遺伝するものもありますから、それが、日本国内のフンボルトペンギンに胃がんが目立つ理由の1つかもしれません。 現在、ぼくは遺体の病理解剖と並行して全国の水族館や動物園の獣医師といっしょにペンギンの病気を調べています。その結果が出たら、高齢化とはまた別に、フンボルトペンギンにおける胃がんの発生と飼育方法や遺伝子の変異に何らかの因果関係があることがわかるかもしれません。実際、フンボルトペンギン以外のペンギンに胃がんは極めてまれということがわかってきました。
■動物園や水族館の「社会的役割」 一般の方々の目線では、水族館や動物園には「娯楽」のイメージが強いのではないでしょうか。しかし、これらの施設は人々に娯楽を提供する以外に、「動物に関する調査と研究」「絶滅危惧種の保護や繁殖」「教育」などの社会的役割も担っています。 世界有数のペンギン飼育数を誇り、飼育や繁殖のノウハウに長ける日本の水族館や動物園だからこそ、世界に率先してペンギンの病気の研究に取り組めるともいえます。
ペンギンをどのように飼えばがんの罹患率を下げられるのか。ペンギンのどのような振る舞いに注意すれば病気を早期発見できるのか。病気を見つけたときどのような治療を行うべきなのか……。 そのようにして得られた新しい知識のなかには、ペンギンに対する獣医療の向上だけでなく、私たち人間の医療にフィードバックできるものもきっとあるはずです。
中村 進一 :獣医師、獣医病理学専門家/大谷 智通 :サイエンスライター、書籍編集者