トランプ再選がもたらす「残酷な結末」 ~米大統領選後の「金融市場」の展望【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】
3. トランプ再選がもたらす「残酷な結末」
■トランプ氏は民主党の経済政策を批判しつつ、「自分ならインフレの悪夢を終わらせることができる」と豪語してきました。財政赤字を拡大させ、関税を引き上げながら、いかにしてインフレを終わらせると言うのでしょうか。一見すると矛盾しているように見える組合せですが、妙案がないわけではありません。それは、紛争の解決を通じたエネルギー価格の低下によるインフレ圧力の抑え込みです。 〈「財政拡張や高関税」と「インフレ抑制」を両立させるウルトラC〉 ■トランプ氏は再選された暁には、「ウクライナでの紛争を24時間で解決する」と言ってきました。もちろん、24時間という期限は誇張としても、仮にウクライナ情勢が早期に解決に向かう場合、輸出が止められている安価なロシア産の化石燃料が西欧諸国に流れ込む可能性か出てくるため、原油価格には下押し圧力がかかる事となりそうです。 ■また、パレスチナ情勢やイランとの対立が緊張緩和に向かうなら、中東産原油の供給懸念が和らぐことで、同様に原油・エネルギー価格の低下に大きく貢献することとなりそうです。自動車を主な交通手段とし、全館空調の大きな家が多い米国は、エネルギーを猛烈に消費する社会です。このため、エネルギー価格の下落はインフレ圧力の低下に加え、光熱費を除く可処分所得を引き上げることで景気浮揚の効果も期待できます。まさに、1粒で2度おいしい政策といえそうです。 ■良いことずくめに聞こえる地政学リスクの緩和ですが、当事者にとってハッピーであるかは別問題かもしれません。というのも、トランプ氏は「最優先でウクライナ支援を停止する」と明言しているからです。現在、膠着状態にあるウクライナ情勢では、欧米諸国から送られる最先端の武器が、ウクライナ側の抵抗をギリギリで支えています。もし、米国が軍事支援を停止した場合、ウクライナは武器や兵站(へいたん)を絶たれて苦境に立たされるとともに、同国の東部地域はロシア領の緩衝地帯となる可能性が高まります。 ■このような形での地政学リスクの緩和や解消は、ウクライナ国民やその支援者にとっては受け入れがたい「残酷な結末」と言えますが、米国からの支援が絶たれれば、こうした決着も受け入れなければならないかもしれません。 ■一方、中東情勢も大きく動く可能性があります。現在、イスラエルはガザ地区でのハマス掃討作戦と同時に、ヒズボラを始めとする武装勢力や、それを支援するイランと対峙しています。こうした紛争・緊張状態は、米大統領の交代をきっかけに大きく動く可能性があります。 〈米国の政権交代をきっかけに急展開してきた国際紛争〉 ■1979年にイランで起こったイスラム革命の際に発生した「米国大使館人質事件」は、イラン革命政府が人質の解放要求を無視し続けた結果、事件は長期化しました。そして、民主党のカーター大統領から共和党のレーガン大統領に交代した直後、1981年1月、444日ぶりに電撃的に解決しました。 ■また、実に20年間続いた泥沼のアフガン戦争は、2020年の大統領選挙で民主党のバイデン大統領が政権を奪取した翌年、2021年8月に終結しました。これまで米国の政権交代は、こじれた外交関係がほぐれるターニングポイントとなることが少なくありませんでした。 〈トランプ再選で窮地に立たされるイラン〉 ■一方で、イラン側にも米国との緊張緩和を求める強い動機があります。まず、親イスラエルとされるトランプ政権はバイデン政権と異なり、イスラエルによるイランの核施設や石油施設への攻撃を制止するとは限りません。また、今年の7月、イランの大統領就任式に出席するためテヘランを訪れていたハマス最高幹部のハニヤ氏が、イスラエルのピンポイント攻撃により暗殺されました。更に、10月26日未明には、イスラエル空軍機100機が空爆によりイランの防空システムを無力化するとともに、民間の犠牲者を殆ど出すことなくイランのミサイル工場など軍事施設3ヵ所をピンポイントで破壊したと報じられています。 ■AIを始めとする最新のテクノロジーで武装したイスラエルの軍事的優位は圧倒的で、「米国の抑え」が外れれば、石油施設、インフラ設備、核施設に留まらず、イランの指導者さえも高精度誘導兵器の標的となってもおかしくない状況にあるとされています。 〈猛烈な通貨安で困窮するイラン国民〉 ■更に、イラン政府を追いつめているのが、経済制裁による困窮と国民の不満の高まりです。現在、イランのインフレ率は通貨安もあって年率30%を超えていますが、2016年にトランプ氏が大統領に選出されて以降、イランの通貨リアルの対ドルレートは1ドル3.7万リアルから2020年10月には32万リアルまで下落したと報じられています。そして、足元では更にリアル安が進み、約69万リアルまでドル高リアル安が進行しています(いずれも実勢レート)。 ■前回のトランプ政権ではトランプ氏の娘婿でユダヤ系米国人のクシュナー大統領上級顧問を中心に、エルサレムへの米大使館設置を始めとする強硬な中東政策が推し進められました。そして、今回のトランプ氏の大統領再選により、イランは更に強硬な中東政策に直面する可能性があります。こうして考えると、イラン側も振り上げたこぶしを不本意な形で下ろさざるを得ない、「残酷な結末」に追い込まれつつあるのではないでしょうか。 ■トランプ氏の大統領再選により進められる、地政学リスクの緩和やエネルギー価格を引き下げるための紛争解決策、いわゆるトランプ流「ディール」は、大国の利害調整の犠牲となる当事国にとっては「残酷な結末」となるように思えてなりません。
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