日本初公開のドローイングも登場! アートを開放したキース・ヘリングの軌跡を辿る大回顧展が開催。
しかし、キースにとって政治的な問題は、メッセージ発信のスローガン作成のためだけにあるのではない。5章や6章といった展示の後半に並べられた作品そのものをじっくりと見ていると、彼が扱う数々の政治的・社会的なイシュー、例えば原子力の使用の是非や拝金主義の批判などは、私たち人間が持つ論理的にはすっぱり割り切れないどろどろした部分を描いているとわかる。単純なメッセージとしてではなく、その裏にある人間の複雑な感情も含めながら、作品を手がけていったのだ。
最後の”スペシャル・トピック“である『キース・ヘリングと日本』のセクションは、私たち日本の観客へのプレゼントである。ストリート=路上での彼のアート活動が、いかに国籍・人種・性別・年齢の関係なく人々を結びつけたのか。日本で記録された映像や資料を通して、彼のアートの持つ力の強さと美しさに励まされる。壁に映し出される原宿の歩行者天国のブレイクダンサーの笑顔は眩しく、1988年のレトロ・フューチャーな東京の風景は、完璧に彼のアクションとペインティングの美学と調和している。
カラフルで、アイコニックで、ポップなキース・ヘリングの世界。表層的にはそのように受け取られる彼の作品には、実際には何が描かれているのか、彼の心のうちには何があって、それらがどのように作品となって世に出たのか。この『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』は、その問いへの答えを示してくれる。 キースは、まずなによりも美術作品として美しいものを創りあげることを忘れず、仕上がりの質の高さに気を配りながらも、様々なメディアをミックスさせることを恐れなかった。ギャラリーや美術館から積極的に出ていくだけでなく、実験的試作で満足せずに資本の力を梃子のように思いきりよく使いながら、アートをストリートへと送り込んだ。
21世紀にこの展示を観る私たちは、1990年、エイズによる合併症で31歳の若さでこの世を去ってしまったキース・ヘリングの見ることのできなかった世界に生きている。人種と政治、ジェンダー/セクシャリティ、エネルギー/環境、全世界的な画一的な都市空間の集約化(=貧富の差の拡大)など、私たちが直面している安易な解決を許さない数々の主題に、彼は約半世紀前に既に取り組んでいた。 自らのアイデンティティを美術の歴史に則り相対化し表現へと昇華させながら、社会へメッセージを発し続けたキース・ヘリング。彼は何十年も先の世界のありようを、先取りしていたと言えるかもしれない。本展でその作品世界に触れながら、彼の残した声に耳を傾けてみたい。
『キース・へリング展 アートをストリートへ』
〈森アーツセンターギャラリー〉 ~2024年2月25日。東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階。10時~19時(金・土~20時)。無休。2,200円。
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