【バレー】身長168㎝の中山沙也(金蘭会高)が驚きのベストOH賞 「やっぱりレベルが高い」先輩とさらに高みへ【2024女子U17世界選手権大会】
自分より頭一つ分以上高いブロッカーに打ち込む分、阻まれればダメージは大きい。「またブロックされた」「また拾われた」。嫌な残像ばかりが脳裏に焼きついたが、コンスタントに数字を残した。全試合にスタメン出場し、7試合中2試合でチーム最多得点。中国と戦った最終日には「ブロックがすごく高かったですが、ストレートに打ったら意外と弾けることがわかって。クロスは拾われたりブロックされるから、ストレートに多めに打ちました。ストレート打ちができるようになったのは大きいと思います」と自信が芽生えていた。
小学生時に憧れて神奈川から大阪へ
自ら道を切り開かなければ、たどりつかなかった舞台かもしれない。現在は共栄学園高(東京)の主力を務める姉の楓とともに、小学2年生で始めたバレーボール。4年生時に足を運んだ東京体育館(東京)で、運命を変える試合を見た。金蘭会高が東九州龍谷高(大分)を下した2019年の春高決勝。中川つかさ(NEC川崎)、西川有喜、宮部愛芽世(ともにJT)らスター選手がそろっていた。プレーはもちろん、引きつけられたのは選手たちの表情だった。 「すごく楽しそうにバレーをしていました。どのチームも強かったけど、金蘭は楽しそうで、カッコよくて。ここにいきたいな、と憧れました」 両親にすぐに伝えた。「ここに行く!」。全国大会に出たことはなく、ましてや地元の神奈川県から離れた関西のチーム。両親は「夢は大きく持とうね」と返したが、中山はその思いを抱き続けた。金蘭会中(大阪)の卒業生がいる比叡平(滋賀)の小野由美子監督との縁もあり、6年生時に同中の練習体験会に参加することに。「びっくりしていました」という両親は、「最終的には自分が決めることだから」と背中を押してくれた。 小学5年生で165㎝あり、「スパイクだけ打っていたらOK、みたいな。派手なプレーが好きで、レシーブは全然できなかった」と振り返る小学生時代。だが、当時全中優勝4回を誇る名門に入ると、すぐに鼻っ柱を折られた。そのころの得点源は西村美波や平野シアラ(現・金蘭会高3年)ら身長170㎝台後半の3年生たち。佐藤芳子監督からの「小さい選手はレシーブができないと、これからやっていかれへん」という言葉でスタイルを見直した。「人としてもそうだし、バレーでもほんとうに細かいところを学びました」という3年間。3年生時に全中で4連覇、そしてJOC杯でも優勝と華々しいフィナーレを飾った。 憧れのユニフォームを身にまとうときがきた。だが高校入学後、再び熾烈(しれつ)な競争が待っていた。 「JOC杯でも勝たせてもらって、『高校も頑張ろう!』という気持ちで入りましたが、思ったよりもレベルが高かった。全然ついていけませんでした」 中学時代に全国で鳴らしたスパイクは決まらず、対照的にブロックの上からたたき込まれる。特に1年生時からアンダーエイジカテゴリー日本代表としてプレーするリベロの西川凜には「ほんとうに凜さんだけには決められなくて。チャンスボールみたいに上げられます(笑)」と実力不足を痛感させられた。 「全然通用しないな」と苦笑いを浮かべながらも、そこで引き下がらない。西川に「打つコースがわかりやすい」と言われれば、「どうしたらわかりづらくなるだろう」とセッターの丹山花椿らにアドバイスを求めた。入学前の全国私立高等学校男女選手権大会(さくらVOLLEY)でデビュー。インターハイでは主にリリーフサーバーとして金メダルを手にした。西村、大森咲愛に次ぐ3番手ながら、アウトサイドヒッターのレギュラーを狙う。