60歳から独学…SNSで注目集めた「隠れ巨匠の人形」が奈良へ、「企画展」で作者の夢叶う
■ SNSで拡散、遠方からの来場者も多く
2022年、定年退職後の老後の趣味として、60歳から独学で人形制作をしていた男性の作る、儚げな憂い顔が美しい有間皇子(ありまのみこ)の人形がSNSで話題になった。実は、この後も彼の人形たちは、さらなる展開を迎えていた。 【写真】言葉に表せない…独特の静謐な雰囲気の人形たち 大阪府在住の日本画家で華厳宗の尼僧・中田文花(なかたもんか)さんがSNSで「隠れ巨匠」と紹介したことで、ほぼ初めて世に知られるようになった美しい人形たち。制作者は、埼玉県在住の元美術教師である永瀬卓さん(75歳)だ。 無名であった永瀬さんのささやかな長年の夢は、「人形たちを故郷といえる奈良の地に一度でいいから立たせてあげたい」だった。それがなんと、「奈良文化財研究所主催」(共催:奈良大学)により、奈良県の「平城宮いざいない館」で、企画展という驚くべき形で実現したのだ。 考古遺物をメインに扱う「国立文化財機構 奈良文化財研究所」が現代作家の人形を展示するのは、初の試み。同展はSNSで拡散され、奈良文化財研究所の公式Xが50万インプレッションを記録。今は東京や新潟など遠方からの来館者も多い状況だという。 この開催までには、「東大寺二月堂の観音様の『計らい』だったのではと思います」と永瀬さんが語る、3名の関西在住の女性達との出会いがあった。
■ 「電気が走ったように鳥肌が立った」
4年前、永瀬さんが奈良・東大寺そばのホテルに泊まった際、同ホテルの女性オーナーに制作した人形の写真を見せ、その写真に心惹かれたオーナーがたまたま泊まりに来ていた旧知の中田さんに永瀬さんを引き合わせた。 自身も趣味で人形を制作している中田さんは、一目見て「素晴らしいお人形が世に埋もれないように。実際にお人形を見てみたい。そのためには、永瀬さんの夢である人形たちを奈良の地へ連れて行き、展覧会を開催できたら」との強い思いで、関西(できれば奈良県)の美術関係者や学芸員の目に留まることを願い、ご本人の許可を得て、SNSで人形を紹介した。 SNSでの発信は見事にバズり、多くの賛同者のコメントで溢れてニュース記事になった。それに目を留めたのが、当時、「奈良文化財研究所」の展示企画室長だった岩戸晶子さん(現・奈良大学教授)だ。人形の画像を見た当時の瞬間を「ビリビリと電気が走ったように鳥肌が立ちました。実際に自分の目で見てみたいと強く思ったのです」と回想する。 実は、永瀬さんが制作する人形は大変繊細なつくりであるため、奈良へ運ぶためには美術品として専門業者が扱う必要があった。だからこそ中田さんは、あえて展覧会の開催にこだわった経緯がある。中田さんからバトンを受け、永瀬さんの古代の人形を手掛かりに「奈良の歴史を知る展覧会を実現しよう」と、2年の歳月をかけて奔走した。 「奈良国立博物館」での学芸員経験もあり、正倉院宝物などの非常に繊細な文化財の扱いにも長けていた岩戸さんだからこそ実現できた企画といえる。