おびただしい数の死体が浮かんだ―― まぼろしの空母「信濃」、なかったことにされた沈没 #戦争の記憶
沈んだ信濃 海に浮かぶおびただしい死体
蟻坂さんは信濃の船体の下の方にある第二通信室にいた。出港からおよそ8時間が経ったころだった。 「大きな衝撃があった。続けてバンバンときたので一緒にいた下士官がすぐに『雷撃だ!』と叫んだ」。 米軍の潜水艦から発射された魚雷だった。4発が信濃に命中し、船体に穴が開き、海水が流れ込んできたという。すると、次第に船が傾き始めた。その傾きはどんどんと大きくなる。危険を察知した蟻坂さんは、仲間と共に船の上部にある甲板に向けて急いだ。すると、船の中を走る自分の足音とは違う音が、足元から聞こえてきた。蟻坂さんは、ハッとし、息をのんだという。 「下から天井を叩く音が聞こえた。防水用のハッチが閉まって閉じ込められた作業員が泳ぎながら天井を叩いていた。その時初めて死の恐怖を感じた」。 蟻坂さんは、手すりに掴まりながらなんとか甲板に出ることができた。しかし、寒さと恐怖で震えが止まらなかった。周りの海を見渡すと、数隻の船が救助に来ているのが分かった。船員たちは「逃げろー!」と大きく叫んでいた。蟻坂さんは、その声に押されるように、思い切って海に飛び込んだ。しかし、救助の船はすぐそばまで近づくことはなかった。そして、船員たちは続けてこう叫んでいた。「遠くに逃げろー!」。 「大きな船が沈むときに、近くにある船も人も吸い込まれて、沈んでしまうから…」。 そして、数分後、信濃の船体は海面に対して、直角に立ち上がって沈んだ。 その時に見た、おびただしい数の仲間の溺死体が海面に浮かぶ悲惨な光景がずっと頭から離れないという。 蟻坂さんは、極寒の海を3時間もの間、泳ぎ続け、救助に来た別の船に助けられ九死に一生を得た。蟻坂さんは、海へ飛び込む際に下士官から言われた言葉が忘れられない。 「『船が沈むときは絶対後ろを見ないで泳げ』と言われた。なぜなら後ろから泳げない人が足を掴んでくるから。その時は後ろを見ないで蹴っ飛ばせと。2人死ぬより1人でも生きるほうがいいから」。