ムーミン・シリーズにある「自閉芸術のきわみ」 横道誠がスナフキンの行動に見た“自閉していられることの楽しさ”
文学研究者であり、40歳のときに自閉スペクトラム症および、注意欠如多動症を併発しているという診断を受けた横道誠さん。横道さんは、バラバラの個性を持ったニューロマイノリティ(自閉スペクトラムの特性を持った人を“脳の少数派”と位置付ける、ニューロダイバーシティの考え方)が集まる自助グループに参加したとき、当事者たちが自由に交流しあい、しかも不思議な秩序によってその時空間が平和を謳歌している様子を見て、「ここはムーミン谷だ!」と驚いたという。 【画像】横道誠さん 横道さんが、「ムーミン・シリーズは自閉スペクトラム症との相性がとても良い」「作者のトーベ・ヤンソンがニューロマイノリティだったのではないか」という仮説のもとにムーミン・シリーズを読み解き、当事者批評を行った『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』より、一部を編集して紹介する。
写実的でサイコホラー的になった絵柄
ムーミン・シリーズ第7作の『ムーミン谷の仲間たち』では、シリーズの内省性の深まりとともに、絵柄はサイコホラー的になり、そして物語の全体はニューロマイノリティ的性格を、つまり自閉性を強めることになりました。絵柄の怖さで言えば『ムーミン谷の仲間たち』が頂点に位置していると思いますが、自閉的傾向は、『ムーミン谷の仲間たち』に続く『ムーミンパパ海へいく』と『ムーミン谷の十一月』で、ますます顕著になります。 『ムーミン谷の仲間たち』の巻頭に収められた短編「春のしらべ」で、スナフキンは楽しいと同時に悲しいものでなくてはならない歌を作ろうとします。気持ちのいい小川から音がして、名前がほしいイタチのような生きもののはい虫が現れます。スナフキンを尊敬するはい虫に向かって、スナフキンは「あんまりだれかを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ」と忠告します(『仲間たち』p.19)。 スナフキンを恋しがるムーミントロールの悲しみについてはい虫が言及し、スナフキンは「なぜみんなは、ぼくをひとりでぶらつかせといてくれないんだ」と嘆きます。しかし、求められるままにはい虫にティーティ・ウーという名前を贈ります(『仲間たち』p.20、p.22)。 翌朝スナフキンは、別れたはい虫のことが気になって仕方ありません。はい虫との再会後、スナフキンはムーミントロールに会いに行こうと決めます。あおむけに寝転んで、春の空をながめます。「見上げた先はすみきった青で、木のこずえのあたりは緑がかった海のような色」(『仲間たち』p.29)と語られる美しい風景が広がっています。 作曲もうまくいき、そのモティーフが「最初はあこがれ、つぎの二つの部分は春のものがなしさ。あとは、ひとりきりでいられることの、大きな大きなよろこびなのでした」(『仲間たち』p.29)と語られます。自閉していられることの楽しさが強調されて終わるわけですね。