持続可能燃料が普及しても、F1はハイブリッドであり続けるべき? メルセデスPU開発責任者に訊く「市販車開発に関連していなければいけない」
2026年から、F1のテクニカルレギュレーションが変更され、パワーユニット(PU)の規格が変わる。これに伴い、F1で使う燃料は持続可能燃料とすることが義務付けられている。 【動画】オープニングラップに衝撃の大クラッシュ発生! ペレスのマシンは見るも無惨な姿に|F1モナコGP この持続可能燃料の準備状況、そして課題は一体何なのか? メルセデス・ハイパフォーマンス・パワートレインズでF1パワーユニットの開発を率いる、マネージングディレクターのハイウェル・トーマスに話を聞いた。 この持続可能燃料とは、化石由来ではない燃料のことを指しており、カーボンニュートラル燃料と呼ばれることもある。 化石燃料は、地中深くから掘り出してきた原油や天然ガス、石炭などを原料としている。ゆえにエンジンなどで燃やすと、地中に埋蔵されていたはずの炭素が大気中に二酸化炭素として放出されてしまい、地球温暖化につながると言われている。しかし持続可能燃料は、大気中に存在している炭素を使って燃料を作り出すため、エンジンで燃やしても大気中の炭素はプラスマイナスゼロ……つまり、地球温暖化を抑止することに繋がるのではないかと期待されている。 ただ一概に持続可能燃料と言っても、様々な種類がある。植物を原料としたバイオ燃料も、空気と水から合成して作るeフューエルも、持続可能燃料なのだ。 トーマスはこれについて、次のように説明した。 「使えるモノについての定義はある。しかし実質的には、比較的幅広い選択肢がある」 そうトーマスは語った。 「非食用作物を原料として選ぶこともできるし、eフューエルのようなモノを開発することもできる」 「細かいところでは、我々が行なっていることが、モータースポーツ以外のことに関連しているということを確実にするため、多くの作業を行なう必要がある。でも、そのベースや原料をどこから入手できるかということについては、比較的自由なのだ」 バイオ系燃料か、それともeフューエルのような燃料を使うのか? それを選ぶ上で重要なのは、どう作るかというよりも、どんな成分が有益なのかということ次第だと、トーマスは説明した。 「一部の燃料メーカーは、サプライチェーンや経験、入手可能なモノに基づいて、どちらかのルートを優先するのではないかと思う。しかし、燃料全体をeフューエルで作らなければいけないというわけではない」 「欲しい燃料の構成を調べ、その特定の化学物質を手にするために最善の方法を検討していると思う。そして誰かがeフューエルを使い、誰かがバイオ燃料を使うことになっても、それが同じ炭素構造にならば、エンジンで影響が出ることはないだろう」 そして2026年からの燃料は、今よりも市販車用燃料に近い成分になるという。 「既存の燃料とはかなり異なる。でも、市販車に使うことができる燃料をベースにしていると言っても過言ではないと思う」とトーマスは続けた。 「それにかなり近付くことになると思う。特に購入できる高性能燃料の中でも、オクタン価の少し高いモノにかなり近いモノになると思う」 各メーカーはすでに、2026年仕様のエンジンを、単気筒でテストベンチで始動させている。既にV6の形に組み上げてテストしているメーカーもあるようだ。 トーマス曰く、2026年から使う燃料の開発は、壮大なプロジェクトなのだという。 「他の人たちが何をしているのかということについては、コメントできない」 「でも、我々が何をしているのかということについては分かっている。ペトロナスと進めているプロジェクトは、とても大きいんだ」 「燃料に関する規則が策定されている途上では、そこにいた誰もが持続可能燃料を実際にどう供給すればいいのか分からなかったと思う。マニュアルを開いて、『よしこうするのか。これからあれを買って、あっちからこれを買ってきて、これを作るのか』という風に決められるようなモノではないんだ」 「これは本当に大きなプロジェクトで、誰もがそのレベルに到達できれば、革新的なモノになると思う。これはとてもエキサイティングで、非常に興味深いことだ。工場を建設し、化学的プロセスを開発する人たちの時間のスケールを考えると、これは本当に大きなプロジェクトなのだ」 なお持続可能燃料が実現すれば、F1のパワーユニットをハイブリッドにしておく必要はなくなるという論調もある。その代わりに、かつてF1で使われていたような、V8やV10の自然吸気エンジン復活を待望する声も上がっている。しかしトーマスは、F1はハイブリッドパワーユニットを継続するべきだと考えているという。 「個人的には、F1が今の関係者との関係を維持したいのであれば、パワーユニットをハイブリッドにしておくのは、非常にエキサイティングなことだと思う」 そうトーマスは語る。 「バッテリーの開発は、特に重要だと思う。全ては一般の路上で起きていることと関連しているので、自分たちの能力を示すショーウインドウなのだ。我々は賢明な方向に向かっていると思う」 「スポーツ全体でそうしたいと決めるなら、別のことをすることもできる。でも、メルセデスのようなメーカーにとって価値があるのは、市販車がEVなどの方向に向かっているのは明らかで、F1用バッテリーの開発から得られることがたくさんあるからだと思う」 「我々が行なっている開発は、市販車にも取り入れられるモノだと思う。しかし持続可能燃料は、最も安い手段にはならないと思う」 その持続可能燃料の出来が、パフォーマンス差に繋がる可能性があるとトーマスは考えているようだ。 「一部の人たちは、この燃料のためのプラントを建設することになるだろう。今も膨大な開発が行なわれており、最初は何をするつもりなのか、誰も知らなかったと思う。だから、2026年には燃料が差別化の要因になる可能性は確かにある」 「レギュレーションの一部は、それを少しでも抑えるために制定されたと思う。ただ、それがうまく機能するのか、そして誰かがeフューエルやバイオ燃料のスキルで先を行くかどうか、本当に興味深い。そうなる可能性はあると思うよ」
田中 健一, Jake Boxall-Legge