これがノスタルジーか…流行したおもちゃをふと思い出すことありますか?
小学生のトレンドアイテムになった「へぇボタン」
Instagramを見ていたら、お菓子の広告が流れてきた。外国のロリポップキャンディのような棒つきの飴を舐めている小学生くらいの男の子が、半分ほど残ったそれをカラフルなケースに収納し、ローラーシューズで道を駆けていくという動画広告だった。 プラスチックのケースを見た瞬間、ああ、そういえばあったなあ……!と感動に襲われる。たしか、ケースの脇に小さなボタンがついていて、それを押すと蓋がひらき、キャンディを出し入れできるしくみなのだった。調べてみると、もとは1990年代に販売されていたお菓子で、似たような商品が近年またブームになっているらしい。 食べかけでもケースにしまうことができるペロペロキャンディ。言ってしまえばただそれだけのシンプルなお菓子なのに、小学生のころは喉から手が出るほどほしくてたまらなかった記憶がある。 ケースの裏には小さなフックがついていて、服のポケットやカバンの持ち手にキャンディを装着することもできた。街なかですれ違う子どものリュックサックにそのキャンディがついていると、それだけで相手が格好よく見え、なぜだかちょっと年上に感じられたものだった。 実用性はまるでないのに、とにかく無性に輝いて見えるアイテムというのが子ども時代にはたしかにあった。私にとってその象徴とも言えるのが「へぇボタン」だった。 同世代の方には説明は不要かもしれないが、へぇボタンというのは2000年代にレギュラー放送されていたフジテレビ系列のバラエティ番組『トリビアの泉~素晴らしきムダ知識~』に登場するアイテムだ。 スイッチを押すとボタンが光り、機械から「へぇ~」という声がする。さまざまなトリビア(雑学やうんちく)を紹介する番組内で、トリビアのおもしろさや納得度の高さを表すのに使用されていたのがこのボタンだった。おもしろいトリビアが出ると、出演者のタモリさんやビビる大木さんが笑いながらへぇボタンを連打していた。 へぇボタンは実際に商品化されると、すぐに当時の子どもたちのトレンドアイテムになった。私は10歳だか11歳の誕生日にへぇボタンを親にねだり、比較的早くへぇボタンを手に入れることに成功していた。習い事の教室や通っていた塾にへぇボタンを持っていくと、「本物!?」「押させて!」と同級生たちが駆け寄ってきた。当時は、へぇボタンを持っているというだけで誰でもヒーローになることができた。 へぇボタンは流行りに流行った。ある日、塾での授業中、先生がことわざの成り立ちについての説明をしたときに、手元にこっそり忍ばせていたへぇボタンを押した生徒がいた。教室は一瞬の間のあとで爆笑に包まれた。先生もつられて笑い、「説明したことに『へぇ~』って言ってもらえると、やっぱなんか気分がいいもんだね」と頷いていた。 しかし、ちょうどいい塩梅というものがわからないのが小学生の愚かさだった。へぇボタンを持ってきた生徒はその日、授業中のあらゆるシーンでボタンを鳴らし続けた。なお悪いことに、へぇボタンを持ってきていた生徒がほかにもおり(そのうちのひとりは私だ)、複数の場所から花火のように「へぇ」の音が鳴り続ける異常な空間が生まれてしまった。 「『紺屋の白袴』というのは『医者の不養生』と同じ意味でね」 「へぇ」 「紺屋、というのは染め物屋さんのこと」 「へぇ」 「へぇ」 「染め物屋さんは白い生地を紺色に染めるのが仕事だけど、」 「へぇ」 「へぇ」 「仕事が忙しすぎたせいで」 「へぇ」 「当の染め物屋さんの袴は白かった、というのが……」 「へぇ」 「へぇ」 「へぇ」 そのとき、ホワイトボードに板書をしていた先生がぴたりと右手を止め、私たちのほうを振り返って、「もう『へぇ』の時間は終わりました」と低い声でつぶやいた。私たち生徒はそのひと言ではっと我に返って、へぇボタンを大人しく各自のカバンの中にしまった。 魔法が解けたようだった。授業は何事もなかったかのように続いたが、「へぇ」の声が響かない教室はなんだかまったく別の空間みたいに、異様に静かに感じられたのを覚えている。 その後、へぇボタンのブームは緩やかに終焉へと向かっていった。学校で話を聞くと、私と同じようにへぇボタンをまじめな場所で鳴らし続けたせいで大人にひどく怒られ、もう使う気がなくなったという子どもたちが大勢いた。あまりにいじらしい好奇心の芽生えと喪失だった。 ケースにしまえるキャンディとかへぇボタンとか、あのころ、実用性のまるでないおもちゃは決まってプラスチック製で、ぎらぎらと無意味に光っていた。私はあの嘘みたいな輝きを見るたびに、ずっと閉じていた脳の扉がパカーンと開くような、なんとも言いようのないくすぐったい気持ちになる。もしかするとこれがノスタルジーというものかもしれないな、と最近は思ったりもしている。(エッセイスト 生湯葉シホ)