キンシャサの奇跡を見た取材記者のアリの真実
前田さんにアリのベストファイトはどれかと聞くと「1試合だけは答えられない」と言う。 「アリの試合にはリング外のドラマがある。それを考慮せずボクシングだけで評価すると、ブランク前のアリにしかベストマッチはない。そこにいた誰もがパンチが見えなかったというショートの右一発で沈めたリストンとのリターンマッチ。これは多くの人が、ベストマッチだと言うが、打たせずに打つをパーフェクトにやり通し、下がりながら打ったパンチで仕留めたウィリアムズ戦の2試合は挙げたい」 1965年に1ラウンドKO勝利したソニー・リストンとの再戦、1966年に大の字に倒したクリーブランド・ウィリアムズ戦の2試合を前田さんはリストアップした。ちなみに、このリストン戦のKO直後に上から見下ろして吼える写真が世界的に有名になっているが、パンチが早すぎてシャッターが切れず、倒した後に撮影するしかなかったというエピソードがある。 「アリは世界中で試合をした。大統領の名前は知らなくとも俺の名前を知らない奴は世界にいない、と豪語したが、まさに、その通りでリングの外でも、差別と戦い、戦争反対を掲げて時代を作った。アリ以上の選手が、その後、出てきたか?と聞かれると、みつからないと答える。今、現在、カリスマという言葉が安っぽく使われているが、本当のカリスマとは、アリのことを言うのだ」 アリの悲報は、ひとつの時代の終焉を告げた。そして、アスリートの存在意義とは何か、を改めて世に問うことにもなった。42年前の記憶は、アリがボクシング界だけでなく社会に残した大きな軌跡と共に、前田さんの心の中に、今なお、生々しく生き続けている。