キンシャサの奇跡を見た取材記者のアリの真実
当時25歳のフォアマンは40戦無敗。対してアリは32歳のロートル。下馬評は圧倒的にフォアマン。 アメリカのプレミアタイムに放送するため、ゴングは午前4時。朝方のナショナルスタジアムにスコールが降った。それでもスタンドは超満員。異常な興奮状態で、「アリ・ボンバイエ」の大合唱が響いていたという。現地のリンガラ語で「ボンバイエ」は「やっちまえ」。アリは、試合が延期となった期間中に街をロードワークで練り歩きながら、得意のビッグマウスで、コンゴの人たちのハートをつかんでいた。 「アリは、本当のカリスマだった。なのにチャーミングな面もある。だから愛される。延期したこともあって現地に長期滞在したアリは、すっかりと現地の人を魅了していた。逆にフォアマンは完全な悪役。2人がリングに登場した瞬間に感じたフォアマンの孤独さを今でも忘れられない」 試合は驚く展開を招く。アリが得意のフットワークを封印、ガードを固めてロープに体重を預け、フォアマンに打たせるだけ打たせて、体力を消耗させ、一瞬の隙にカウンターを狙う「ロープ・ア・ドープ」という戦術を用いたのである。肉を切らせて骨を断つ、ギリギリの作戦である。 「あの試合、最初のラウンドはアリは足を使おうとした。でも使えなかった。ロープ・ア・ドープは、作戦とされているが、もう動けないために仕方なく採用した省エネボクシングだったと思う。ただアリも打たれ強かった。打たれ強かったゆえにこの作戦をとれたし、後にやらなくてもいい2試合をして、それが後のパーキンソン病につながったとも言われるのだが……、それにしても、あの結末は信じられなかった。神がかりだった」 アリ陣営の名トレーナー、アンジェロ・ダンディも驚いたという戦術で、フォアマンのスタミナを奪い、8ラウンド、電撃のワンツーがチャンピオンのあごを打ち砕いた。フォアマンは立ち上がったが、レフェリーはテンカウントを告げた。前田さんは、「おそらくフォアマンは、過去にダウンしたことも負けたことがなかったので、どうすればいいのかわからなくなったのだと思う。フォアマンの未熟と経験豊富なアリの頭脳。その差が出たのだろう。ただ、アリ陣営に買収された自陣のマネージャー兼トレーナーのサンディ・サドラーにフォアマンが、試合前に一服(薬物を)盛られていたという話が直後に出た。言われてみれば、動きがいつもと違い、おかしかった。あの試合以来、フォアマンはサドラーと袂を断った。そう考えると何かがあったのかもしれない(笑)」と、振り返った。 公式会見は試合の翌日に行われ、アリは記者団の中にただ一人の日本人がいるのをみつけだすと、つかつかと前田さんの傍に近づいてきて、逆に「なんでも聞け!」と話しかけてきたという。 「思い出したくない話だが、私はジャーナリストとして恥ずかしい行動をしてしまった。あなたのファン。会えて嬉しいと言ってしまったのだ」