「ハリー・ポッターと賢者の石」日本語版出版から25 年 翻訳者・松岡佑子さんインタビュー 「ここまで惚れ込んだ作品、他にない」
訛りや言葉づかい、日本語の豊かさでキャラクターの個性を表現
――物語のキャラクターで好きなのは誰ですか? ハグリッドが好きだと公言しています。素朴さと誠実さ、おっちょこちょいなところも全部いいですね。友人として最高だと思います。ハグリッドは、ちょっと訛りがあるんです。どこの訛りなのか、J.K.ローリングに聞いたら、どことは決まっていないけれど、北の方の心の温かい人の訛りだと教えてもらいました。それは福島に住む私の父親の訛りだなと思って。父の訛りをそのまま書いたら通じないので、ちょっと東京的な東北弁にしました。1巻で、ハリーがホグワーツ魔法魔術学校に入学したとき、ハグリッドが「イッチ(1)年生」というのも、東北弁ですね。 ――その訛りが、親しみやすいキャラクターにもつながっているんですね。1巻から7巻まで読んでいくと、ハリーたちが成長していくのに合わせて、言葉づかいや表現も成長していくところもいいなと思いました。 そこも工夫しました。友だちの呼び方も変わってきますし、「お母さん」も、原作では「Mother」「Mum」などですが、日本語では「お母ちゃん」から「お母さん」「母上」になったり「おふくろ」になったりします。「ママ」もあります。「私」という一人称も「わたし」「あたし」「ぼく」「わたくし」と、いろんな表現を使いました。日本語の特徴を活かして個性を出したつもりです。 ――翻訳は、それまでの通訳の仕事とは全く違うものでしたか? 時間のかけ方が違いますね。通訳は、瞬時に反応をしなくてはいけません。そのために相当事前準備もしますが、間違えても、その場で終わってしまう。翻訳は間違いに気づいたら、何度でも書き直すことができる、文章を練ることができます。亡くなった前の夫は、私の仕事の仕方を見ていて、通訳よりも翻訳者に向いていると、よく言っていました。知らないことがないように、徹底的に準備しないと気が済まなかったので。だから、1巻が完成したときは、「ああ、やり終えた」という満足感がありましたね。物語に心を使い切ったと思います。協力者のおかげもありますし、私自身、この物語が好きでしたし、ここまで惚れ込んだのはこれが最初で、もしかしたら最後になるかもしれません。1巻から7巻、そのほかJ.K.ローリングの書いたものをたくさん翻訳しましたので、それでようやく翻訳家になれたかな、という感じがします。10年間、翻訳することが楽しかったですね。