松田直樹さん命日に執念ドロー。魂の継承者たちは何を思って戦ったのか?
ならば、夢半ばで天国へ旅立った松田さんはいま、どのような思いを抱きながら最後の所属チームとなった松本山雅を見守っているだろうか。これしかない、とばかりに田中が苦笑した。 「情けない試合はするな、とにかくJ1に残留しろ、と。そういう気持ちだと思いますね」 初めてJ1に臨んだ2015シーズンは年間総合順位で16位に終わり、セカンドステージの1試合を残して無念の降格が決まった。3年の歳月をへて復帰した今シーズンも、フロンターレ戦を終えた時点で16位と、現状のままではJ1参入プレーオフに回る順位にあえいでいる。 しかも、勝ち点1差の17位でサガン鳥栖が、さらに1差の最下位にジュビロ磐田が肉迫している。ひとつ黒星を喫すればJ2への自動降格圏へ転落しかねない状況で、2012シーズンから指揮を執る反町康治監督のもとで徹底されてきた戦い方をあらためて思い出したと田中が言う。 「守備で走らされることは苦になりません。そのために僕たちは合宿から厳しい練習を積んできたし、しっかりと守って、相手の隙を突いてカウンターを狙うという気持ちが常にあるので。辛いとかきついといった思いは、選手のなかにはないですね」 攻撃の命綱となるカウンターを担ってきた、驚異的なスプリント力を誇る東京五輪世代のFW前田大然(21)が、今夏にポルトガル1部リーグのCSマリティモへ期限付き移籍。ブラジル人のFWレアンドロ・ペレイラ(28)もフロンターレ戦の直前にサンフレッチェ広島へ期限付き移籍した結果、チーム得点王は2ゴールをあげているDF飯田真輝(33)という状況になった。
21試合で12得点は、J1のワースト1位となっている。フロンターレ戦では今夏にモンテディオ山形から加入した、J2で通算47ゴールをあげているFW阪野豊史(29)が即先発。攻守両面で体を張り、反町監督を喜ばせた阪野は、J1では通算10試合目でまだ得点をマークしていない。 堅守から乾坤一擲のカウンターか、あるいはセットプレーで値千金のゴールを狙う戦い方がより鮮明になることは、日本代表経験のあるDF水本裕貴(33)がペレイラとの“トレード”のかたちで、サンフレッチェから期限付き移籍する補強が物語っている。だからこそ、田中は迷うことなく前を見すえる。 「僕たちにはまだまだボールをキープする力はないし、そもそもそれを目的としたチームでもない。僕たちの戦術はソリさん(反町監督)が来たときからずっと変わっていないし、だからこそしっかりとその戦術をリスペクトして、誰が入っても、あるいは誰が抜けても実践していくだけです」 リーグ戦で相手チームを零封したのは、1-0で勝利した5月26日の名古屋グランパス戦以来、8試合ぶりとなる。妥協を許さない反町監督の猛練習で培われた十二分な体力が、消耗戦が続く夏の正念場でいよいよ生かされる状況が訪れたと言っていい。 「今日みたいな試合で勝ち点1を取れたことが、最後の最後になってよかったねと思えるように、残るシーズンを戦っていきたい。オレたちにとってはそれだけです。本当に必死ですよ」 パスワークの前に蹂躙されてきたフロンターレから、通算4度目の対戦にして初めて勝ち点をもぎ取った。スコアレスドローを介して手にした自信を正真正銘の勝ち点3に変え続け、クラブ史上初のJ1残留を手土産に松田さんの墓前に報告する光景を思い描きながら、37歳になったばかりの田中は、そして武骨なハードワーク集団と化した松本山雅は泥臭く、そして雄々しく走り続ける。 (文責・藤江直人/スポーツライター)