どよめく観客、そして劇的サヨナラ勝利…なぜ西武の辻監督は3番打者の森友哉にバントを命じたのか?
プロになって6年目で初めてサヨナラヒットを放ったヒーロー、埼玉西武ライオンズの外崎修汰のもとへ、真っ先に三塁側のベンチを飛び出した森友哉が笑顔を弾けさせながら駆け寄っていく。 両手を広げながら跳び上がって抱きつき、勝利の喜びを分かち合った直後に、遅れて集まってきた仲間たちがミネラルウォーターによる手荒い祝福を始めた。帽子をかぶっていなかったためか。歓喜の輪が解けると、サヨナラ劇をお膳立てした影のヒーロー、森の髪の毛は濡れていた。 本拠地のメットライフドームに千葉ロッテマリーンズを迎えた9回戦。6月28日の福岡ソフトバンクホークス戦以来となり、観客の入場が解禁されてからは初めてとなるサヨナラ劇は、2-2で迎えた9回裏の先頭打者、2番・源田壮亮のスタンドをどよめかせるプレーから幕を開けた。 この回からマウンドに上がったロッテの守護神・益田直也が投じた初球、見逃せばボールになる外角高目の直球に対してセーフティーバントを敢行。益田とファースト・安田尚憲の間に小フライが弾む間に、今シーズンからキャプテンを務める27歳は一塁へ頭から飛び込んでいった。 「ベンチにいた僕でも意表を突かれたバントでしたし、気迫も感じました」 絶対に勝つぞ、という執念が込められた迫力十分のヘッドスライディングに、ベンチにいた全員の士気が上がったと外崎が明かす。そして、すかさず西武の辻発彦監督が動く。ネクストバッターズサークルで気合いも新たにしていた、3番・森へ出されたサインは送りバントだった。 「(源田が)出たら送らせる、と決めていました」 勝利をもぎ取るための采配だったと辻監督は説明する。しかし、セットポジションに入った益田が一度けん制球を投げた際に、送りバントの構えを見せた森に対して再びスタンドがどよめいた。
無理もない。強打の捕手として2013年のドラフト1位で大阪桐蔭高から入団して以来、森が送りバントを決めたのはわずか一度だけ。昨年8月27日の北海道日本ハムファイターズ戦で、左腕・公文克彦の前に丁寧に転がした打球は2177打席目にして初めての犠打だった点で話題になった。 それだけ山賊打線のクリーンアップを担う、昨シーズンの首位打者とMVPを獲得した森と送りバントは連想しづらかった。初球、2球目とボールが続いた後の3球目。ストライクバントの定石通りに、森は真ん中高目の142kmの直球をしっかりと殺して一塁側に転がして源田を二塁へ進めた。 「しょっちゅう決めているような、本当に完璧なバントでした」 プロ野球選手として成功させた2個目の送りバントを辻監督が称賛すれば、4番・山川穂高が申告敬遠された一死一、二塁で打順が回ってくる状況を前にして、5番・外崎も 「何とか(源田を)返したい、という気持ちで打席に入りました」と黒子に徹した森の送りバントをパワーに変えた。 「バントしている姿は練習のときもあまり見たことがなかったので。チームの勝利へ向けて、すごく気持ちが伝わってきました」 歴史は繰り返される。昨年8月の日本ハム戦はライト前ヒットで出塁した先頭の源田を森が送り、中村剛也の申告敬遠でさらに広がったチャンスで、栗山巧が走者一掃のタイムリー二塁打を放って勝利を決定づけた。今回は益田が投じた2球目、内角高めに食い込む147kmの直球に詰まりながらも、源田と森の想いも乗せた外崎の打球がレフト前に弾み、2時間半の接戦に決着をつけた。 昨年と大きく異なっているのは、西武打線の湿り具合となる。例えば森の打率を比べれば、昨年の日本ハム戦時の.332が今年は.240と大きく落ち込んでいる。休養を兼ねて23日の8回戦を欠場していた森だったが、3番で復帰した9回戦でも3打席続けてセカンドゴロに倒れていた。 森だけではない。2018年はチーム打率、総本塁打、総得点で、昨シーズンもチーム打率と総得点でリーグ1位をマークし、リーグ連覇の原動力になってきた自慢の山賊打線が、今シーズンはチーム打率と総得点で東北楽天ゴールデンイーグルスの、総本塁打数でソフトバンクの後塵を拝している。