もはや正月用だけじゃない。個食化、オードブル化…意外にも変わりゆく「おせち」が指し示す、日本の現在地
実は「重箱おせち」の歴史は浅い
そもそも、おせち自体は長い歴史を持つものの、重箱に詰める形が一般化したのは、明治後期に女性誌が盛んに紹介するようになって以降で、庶民にまで広がったのは高度経済成長期。『きょうの料理』など料理メディアでの紹介や、百貨店が販売したことが影響している。重箱おせちの一般化と洋風アレンジの登場は、実は同時期だったのである。となれば、販促に力を入れる企業や目新しいアイデアを紹介するメディアの影響で、おせちの形が変わっていくのは止められない流れと言える。
おせちは時代を映す鏡
意外と流行があって柔軟に変化してきた前提を確認したうえで、1人用おせちが広がる要因を整理してみよう。 まず、ライフスタイルの多様化がある。近年は単身世帯が、最も多い世帯構成である。1人暮らしが増えれば、1人分の料理の需要は増える。 また、必ずしも血を分けた家族が一番大事とは限らない、という価値観も受け入れられるようになってきた。親きょうだいとの仲が疎遠な一方、友人などとの絆が深い人たちもいる。正月にだんらんを演出する中に入るのが苦手、という人たちもいる。 さらに、仲良し家族でも「一つ釜の飯」を共有するとは限らなくなっている。クリスマスにケーキは家族でシェアするが、シュトレンを自分用に買う女性が増加するなど、それぞれの好みで別のモノを食べる家族は珍しくなくなった。 「めいめいおせち」は、好きな料理だけ食べたい、という人の増加を表していると言える。家族と共に正月、それぞれが好みの1人用おせちを買ってきて食べる、という人もいるのではないか。外食が日常に組み込まれて長いが、めいめい好みのモノを食べる食卓自体、案外違和感なく受け入れられているのかもしれない。 その柔軟さは1人用だけでなく、オードブル化や正月以外でのおせち需要が増加している現象にも表れている。また、バラエティ番組などで紹介されているが、他の地域とは異なる歴史を持つ沖縄では、正月に「オードブル」を注文して皆で楽しむ習慣がある。 洋風料理を中心にし、めいめいで好みのおせちを楽しむ、というパターンが定着して伝統的な料理から離れれば、「これだったら必ずしも正月に食べなくてもよいのでは?」、という発想も出てくるだろう。
されど、おせち
家族の形もライフスタイルも変わっていく時代に、おせちの位置づけが変わるのは自然なのかもしれない。やがて、「オードブル」の訳語は「おせち」として辞書に載る時代が訪れ、「今度のパーティ用のおせち、何にする?」「今夜のパーティでどんなおせちを食べた?」といった会話が定着する時代が来るかもしれない。 むしろ、1人暮らしでも、家族と一緒に食べなくても、手作りしなくても、それでもおせちを食べたい、という人が今も大勢おり、買うおせちの需要が増加していることの重みに注目したい。それは、どんな形であれ、おせちが日本人の習慣で不可欠な伝統になっているということなのだから。
阿古 真理(くらし文化研究所主宰・作家・生活史研究家)