「初めて人が銃で撃たれるのを見た」デモが吹き荒れ、メディアが事実上、政府にコントロールされているエジプトで出会った女性の決意とは
沸騰大陸 #1
2013年エジプトでは、「アラブの春」の余波で大規模なデモが広がっていた。そこで見たものとは……。 【画像】民衆に向かって銃口を向ける、軍用ヘリコプターが 新聞社の特派員としてアフリカの最深部に迫った著者の手元に残された膨大なメモをもとに執筆した近刊『沸騰大陸』より一部抜粋、再編集してお届けする。
突然ヘリコプターが現れ、市民に向かってタタタタッと機関銃を掃射し…
初めて人が銃で撃たれるのを見た。 「アラブの春」で約30年間続いたムバラク独裁政権が倒れ、初の民主選挙で新たな民政大統領が選ばれたはずのエジプトで、2013年7月、軍が実権を取り返そうとクーデターを起こした。私はまだアフリカに赴任する前の準備期間で、普段勤務している東京の国際報道部から応援取材で中東の取材拠点であるカイロ支局へと入った。 首都カイロでは、急遽発足した軍主導の暫定政権に反発する人々が立ち上がり、大規模なデモが広がっていた。「治安部隊」はデモを鎮圧するため、私が到着する前日までにカイロ中心部の広場に集まっていた無防備の市民に実弾を発砲して約800人を「虐殺」していた。 カイロ空港に到着後、私は迎えに来てくれた取材助手とすぐさま市街地へと赴き、デモに参加する人々の声を拾い集めた。人々は怒りにうち震えながら、クーデターを起こした軍に対し、政治の実権を民衆が選んだ新大統領に返すよう訴えていた。 私は急いでナイル川の中州にあるカイロ支局へ向かい、見てきたばかりの光景を原稿化する作業に取りかかった。 机の横には大きな窓があり、ふと視線を外へと向けると、支局の近くを流れるナイル川の支流に架かる大きな橋の上をプラカードを掲げてデモ行進する民衆の群れが見えた。 そのときだった。 突然、窓越しに黒色の軍用ヘリコプターが現れ、中空で急旋回したかと思うと、橋の上を行進している市民に向かってタタタタッと機関銃を掃射し始めたのだ。 私は目の前で一体何が起きているか、すぐには理解することができなかった。 民衆は軍用ヘリに追いまくられて、蜘蛛の子を散らすように橋の上を逃げ回っている。人の群れが逃げてできた円形状の空白の中心で1人、貧しい身なりをした青年が尻餅をついて倒れ込んでいた。 数秒後、軍用ヘリから発射された機関銃の弾丸が、ピシッ、ピシッ、ピシッ、と橋上に砂埃の線を作り、青年の上を通過していった。青年は駆けつけた2人の若者に両脇を抱きかかえられるようにして、橋の向こう側へと運ばれていった。 直後、ズドンという重低音が遠方で響き、対岸のビルから黒煙が上がった。カイロ支局の電話がけたたましく鳴り、応援取材で駆けつけていた記者たちは右往左往しながら、窓の外にカメラを向けて写真を撮ったり、慌ただしく東京の本社に電話をかけたりしていた。 私は怖くて、恐ろしくて、窓枠の下に身を隠し、ただ震えているだけだった。